こんにちわ。
あう子です。
またまた久しぶりのブログになりました。
ブログを書きたいなぁと思うこともありますが、面倒くさがりの性格が勝ってしまって、なかなかブログを書けませんでした。
新型コロナがまだまだ続いてますね。
まだまだこれからも続くんでしょう。
私の住む静岡県も年末年始はたくさんの感染者が出ました。
今も増えたり減ったりを繰り返す毎日です。
私は超インドア人間なので、自粛生活に不満はないですが、やっぱり感染者が減って暖かくなってくれば、そんな私でも「外に出たいかも。」なんて思うこともあります。
でも、まだまだ頑張って自粛生活をしていって、こんなちっぽけな私1人の自粛生活・行動で、新型コロナを1日でも早く撲滅するきっかけ、お手伝いになればと思います。
ところで、今日は3月11日ですね。
10年前の3月11日は、東日本大震災があった日。
私は、10年前23歳でした。
地元沼津でバイトしてました。
沼津でも確か震度5弱くらいだったと思いますが、大きな揺れを3回感じ、接客業のアルバイトだったので、お客様を避難誘導しながら建物から外に出て、地震が落ち着いてからは、また仕事に戻って働いていました。
あの頃はまだ携帯電話もガラケーで、唯一私の携帯だけが何故か電波が良くて、ワンセグが使えたので、一緒にバイトしていた人達と東北を襲っていた津波の様子をボーッと見ていたのを覚えています。
仕事中は地震の情報がなかなか入ってこず、最初は東海地震が起きたんだと思っていました。
でも、私の携帯でワンセグを使って見聞きした映像は、現実には思えないくらいの東北の地震と津波の大惨事。
まるで映画を見ている気分でした。
夕方仕事を終えて、家に帰り、テレビを見たら、地震の後の大火災の映像。
お母さんと、一体これからどうなるんだろう?と言いながら、ただただボーッとテレビから流れてくる現実を受け入れるしかできませんでさした。
あのとき、そんな中不思議だったのは、私は小さい頃から不安障害を抱えていたので、極度のストレスに弱く、急激なストレスで体調を崩してしまうことがありましたが、あの時の私は、自分でも不思議に思う程とても冷静で、仕事中周りの人は家族に連絡をとろうとしたり、当たり前ですが、皆オロオロして、周りはパニック状態で仕事どころではない状況でしたが、私は1人冷静に黙々仕事の作業をしていました。
あの時は、きっと私の中の何かが突き抜けたと言うか、ぶっ壊れたと言うか、私の中にある緊張の糸がますますピーンっと張って、心がなくなったようになって、冷静になるしかなかった感じでした。
あの時、今体調を崩してる場合じゃない!!皆が落ち着いて行動できるように何とかしなきゃ!!って頭をぐるぐる回転させまくっつていたのを覚えています。
私の住む静岡県は、私の親が小さい頃から何十年も何十年も、東海地震がいつ起こってもおかしくない!!と言われて育ってきました。
だから、東北で起こったあの大震災は、他人事には思えず、遠く静岡県からではありますが、毎年2時46分に黙祷をささげてます。
黙祷してる間はいつも涙が止まらなくなります。
東北に知り合いは誰一人としていませんが、黙祷中は涙が出ます。
そして、少額ではありますが毎年寄付もします。
災害は他人事ではなく、いつどこで起こるかわからないものだから、忘れちゃいけない大切な出来事だから。。。
私は今年も東北に心を寄せながら、今日を大切に生きたいと思います。
10年前、10年後まさか新型コロナと戦う日々が来るとは思っていませんでした。
こんな不便で不安な日々が来るなんて、思っていませんでした。
大変な毎日ではありますが、1日も早く東北をはじめ日本全体に笑顔で平和な1日が来るよう、願っています。