正月2日 帰省した福岡 博多。
次男(中2)を連れ出しての夜の三社参り。

【警固神社】『凶』
【筥崎宮】『小吉』と厳しい神託が続いての3つ目。


【十日恵比須神社】

名前は知っていたが初めて参拝する神社。
【筥崎宮】から地下鉄で2駅。地下鉄の出口を上がり、バス停に光輝く看板があったからここで間違いはない様だが・・・

人っ子ひとりいない❗


「今じゃな~い❗」(by オードリー・春日)
(林先生の「今でしょ!」に対抗したギャグ)
(古いし説明が要る時点で大して流行らなかったのが判る)

これは・・・

おみくじ引けなくてボツになるパターンかも💦

暗い夜道 Googleマップを見ながら次男と歩く。

約8分


【十日恵比須神社】

〈由緒〉
「福岡懸神社誌」(昭和19年刊)によると、「香椎宮社家の武内平十郎(後隠居して五右衛門と称す)が博多に分家し、神屋と号して商売を営みました。此の者天正十九年(一五九一年)正月三日、年始に当り香椎なる父の家に至り、香椎宮、筥崎宮への参詣の帰途、浜辺潮先に於て、恵比須大神の尊像を拾い上げたる地に御社を建て氏の神と家運大いに栄えたと云う」とあります。
また、「明治参拾参年旧正月記録ヨリ写取者也」と添え書きのある武内文書「十日恵比須神社記録写」には「香椎から箱崎に参拝途中の潮先で、恵比須二対を拾い上げて、持ち帰って奉斎した」「毎年正月十日恵比須ととなえて、自身でお供えして拾い上げたところで御神酒をささげた。これが知られて次第に参拝する人が多くなって繁昌した」という意味のことが書かれています。
当時、社は崇福寺境内にあったようですが、博多に分家した香椎宮ゆかりの武内家の一族が、最初は自宅に祀り、のち千代の松原に一社を建立したのが始まりらしいとのことです。
恵比須神社は本来、漁業と深い関係にありますが、どちらかというと十日恵比須神社は“商人色”が強いようです。漁業でも“流通”関係が目立っており、起源との関連をうかがわせます。



『閑散』とか、『過疎ってる』とか言わない❗

一応、灯りは点いていた。だが、私たちを含めて参拝客は3組。1月2日に来るもんじゃないね・・・

手水舎(ちょうずや)で手と口を浄めて参拝。


はじめましての挨拶と、見知らぬ者にも変わらぬ御加護を賜る気前の良さに感謝。

日本の神様は基本的に『おおらか』な神様が多い。『信じる者しか救わないセコい神様』は少ない。
八百万も神様いるし、年々増えるし、下手したら信者より神様の方が多い?
なんだがアイドルとヲタクの関係に似てる(笑)

はい、神様にもアイドルにもDD(誰でも大好き)の【かず、ナニワのトラックマスター】です。
最近、回しが激し過ぎる案件。
本日(1月2日)神社参拝 7現場回し❗

・住吉神社
・櫛田神社
・水鏡天満宮
・福岡縣護國神社(祥月命日祭)
・警固神社
・筥崎宮
・十日恵比須神社←イマココ


おみくじは賽銭を入れて自分で引くタイプ。

第 六 番


『大吉』
〈願事〉
「初め思わしからず 時がたてば叶う。」

ヨッシャー🎵


参拝をお考えの方は1月8日~11日が賑やかでオススメです。

あいらびゆ♪