久しぶりに、観たいと思っていた映画を一人で観ました。
遅ればせながら、「バベットの晩餐会」。
ずいぶん前の映画でしたから、観たことのある方も多いでしょうね。
いかにもヨーロッパ映画らしい、淡々と場面が変わり淡々と物語が進んでいき、淡々と終わる映画です。
この淡々とした物語を観終わったあとの、なんと余韻のながいことか…。
まさに美しく熟成した古酒を飲んだ時のようで、
じわじわと湧き上がる情感がいつまでも冷めることがありません。
業界のみなさんにとってはもう観てるのが常識だろうし、
いまさら私なんぞが映画評論をかいたところで何の役にも立たないし、
万が一見ていない方でも、これはもう自分で観て感じるしかない映画だと思うので、
ここではちょっと気になったことや調べたことだけをつらつらと。
ちょうどフランスの美食史なんかをお勉強している最中なので、
やっぱり一番気になったのが時代背景ですね。
バベットがデンマークの辺境の村にやってきたのは、1871年9月。
パリが革命でぐちゃぐちゃになり、夫と子供を殺されて命からがら逃げてきたという設定です。
1871年ってナポレオン3世の頃かな?と思って調べたら、ちょうどナポレオン三世の第二帝政が終わり、第三共和政に移行した時期。
ここでいう革命とは、いわゆる「パリ・コミューン」のことなんですね。
あの時の政府軍による制圧は地獄絵図だったと。
一週間で25,000人が虐殺されたというのですから、まさにパリの黒歴史です。
そういえば、教科書か何かでみたことのあるような絵画が映画の中にも登場していたっけ。
それから14年の歳月が流れ、思わぬ大金を手にしたバベットは、その資金をすべて使って田舎町の質素で敬虔な信者たちに豪華絢爛なフランス料理をふるまうわけですが。
その手際のいいこと。料理の多彩なこと。ワインの素晴らしいこと。
それもそのはず。
実は彼女は、元カフェ・アングレのシェフだったのです。
カフェ・アングレのシェフですよ!あの、カフェ・アングレの、シェフ!
ということは、
時期的にいうなら、1867年のパリ万博の時も彼女が腕を振るっていたことになりますね。
すると伝説の三皇帝のディナーも彼女が…!
ああ、なんてドラマチック!!!
…ってこちらの勝手な大感動をよそに、物語はひたすら淡々と進むわけです。淡々と。
登場人物が、「え?あのカフェアングレの?!なんと!!」なーんて言いながら彼女を称賛するシーンなんかも、もちろんない。
ディナーの最中、唯一その正体に気が付いていた将校さんでさえ、彼女に会うことすらしない。
なんだろう。
自分のテンションと映画のテンションの、このギャップがたまらない。
そしてもう一つは、やっぱりお料理とワインでしょう。
こちらのサイトにメニューが載っていたので、転記させていただきますね。
http://www.foodwatch.jp/strategy/screenfoods/36952
1. ウミガメのコンソメスープ
アペリティフ:シェリー・アモンティリャード
2. ブリニのデミドフ風(キャビアとサワークリームの載ったパンケーキ)
シャンパン:ヴーヴ・グリコの1860年
3. ウズラとフォアグラのパイ詰め石棺風 黒トリュフのソース
赤ワイン:クロ・ヴージョの1845年
4. 季節の野菜サラダ
5. チーズの盛り合わせ(カンタル・フルダンベール、フルーオーベルジュ)
6. クグロフ型のサヴァラン ラム酒風味(焼き菓子)
7. フルーツの盛り合わせ(マスカットなど)
8. コーヒー
9. ディジェスティフ:フィーヌ・シャンパーニュ(コニャック)
メインディッシュの「ウズラとフォアグラのパイ詰め」は、バベットの創作料理という設定。
ウズラをツボ抜きにした中にフォアグラとトリュフを詰めて、から焼きしたパイケースに詰めて焼き上げます。
美食家の将校さんは、見た瞬間にこの料理の何たるかを知り、これぞまさにカフェ・アングレの天才女性シェフの料理だと絶賛します。
彼、まず最初にウズラの頭をチュッと吸うんですよね。
で、周りがぎょっとするの。あのシーンもいい。
これ、料理はもちろんのことワインセレクトがたまらないですよね。
1885年の設定ですから、ヴヴ・クリコもクロ・ヴージョもばっちり古酒。
ワイン好きな将校のために、サーヴィスを担当している男の子がクロ・ヴージョをボトルごとドン!と置いていくシーンがいい。
頑なに美食を拒みながら食事を進める信心深い老女が、水を注がれたグラスを手に取って飲んでみるものの、やっぱりクロ・ヴージョのグラスに戻って嬉しそうに口に含むシーンもいい。
そして、完璧な仕事を成し遂げたバベットが、厨房で一人グラスを傾けて微笑むシーンもまたいい。
そのすべてが、決して劇的ではなく淡々と描かれているのが、本当にいい。
淡々としている分、ワインの持つ力、料理の持つオーラが湧き立って来る。
晩餐会のために、手に入れた大金全てを使い果たしたバベットは、これからもこの辺境の地に残ると宣言し、「貧しい芸術家はいません。」という。
料理って、芸術なんだろうか。
バベットが作った豪華絢爛な料理は、そこで着席している人たちが望んだものではなかった。
パリの上流階級の食通たちを唸らせたその腕前は、貧しく敬虔な信者たちにとっては恐怖でしかなかった。
彼女が作った料理は、いわば自己満足だった。
それでも、その料理は最終的に人々の心を動かした。
それは彼女の料理が、魂の宿る「芸術」だったからだろうか。
美食、音楽、信仰、芸術…
まだまだ私なんかには答えの出せない深い問いかけが、
考えれば考えるほど、作品の奥底からじわじわ湧き上がってくる感じです。
とりあえず、DVD買わないと。