金剛山は修験道の開祖、今から約1,300年前に16歳の時から、この山で修行し、全国各地の霊山へ駆け巡ったと伝えられる役行者(えんのぎょうじゃ)が修行した山として知られている。山頂付近には役行者が開いたとされる転法輪寺がある。現在も山岳修行は行われている。


千早赤阪村のおはなし




千早赤阪村のおはなし

最近は暖冬のため樹氷もなかなか少なくなってきました。



千早赤阪村のおはなし



千早赤阪村のおはなし

国見城跡からは大阪湾が一望できます。天気がよければ明石海峡大橋がはっきり見える事もあります。展望台からは、大阪府側は関西国際空港や、その向こうの淡路島も見える事があります。


千早赤阪村のおはなし


金剛山ロープウェイから個人差はありますが、30分ほどで山頂まで登れます。比較的に山道は整備されていますので、歩きやすいです。

現在の金剛山には、他の山ではあまりみられない珍しい登山回数の記録システムがあります。会員になれば登山毎に山頂で回数スタンプを捺印してもらえます。登山回数100回以上の登山者には毎年5月3日に表彰式が行われ、2005年(平成17年)4月現在で最高記録者は1万回の金剛登山回数が記録されています。毎日登山しても25年以上の年月が必要となる計算です。以前は一日に複数回捺印してもらえたが、現在は一日一回になったそうです。

大阪市内からでも車で60分程度の距離にある為、健康登山、回数登山の山としても有名。朝の出勤前や、夕方仕事が終わってから毎日登山に来る人も数多いそうです。



千早赤阪村のおはなし




千早赤阪村のおはなし

山頂には休憩できるベンチ、自販機、売店があります、



千早赤阪村のおはなし





千早赤阪村のおはなし

一言主を祭神とする葛木神社がある。 毎年7月7日の役行者のご命日には一言主ノ神を祀る葛木神社と法起菩薩を本尊とする転法輪寺との珍しい神仏習合のれんげ祭りが行われている。



千早赤阪村のおはなし

シダレザクラの巨木。
金剛山ロープウェイをおりて少し登るとそこにはちはや星と自然のミュージアムがあります。

ちはや星と自然のミュージアムは金剛山の自然やそこから見える星空の情報拠点となる施設です。 山の山頂付近に位置する為、大掛かりな施設ではありませんが、金剛山の豊かな自然に囲まれ、周りには天然の観察対象がたくさんあります。 そして、 来館者の皆さんが野外で見つけた疑問に自ら答えを見つけ出してもらうための資料や、 新たな発見を手助けするためのプログラムを、いろいろと用意してあります。



千早赤阪村のおはなし





千早赤阪村のおはなし

最近はつららが珍しいので子供は大喜びです。



千早赤阪村のおはなし

立派な赤松が出迎えてくれます。



千早赤阪村のおはなし




千早赤阪村のおはなし

ちはや園地内には子供が遊べる遊具がいっぱいです。
大阪府の最高峰である村の名物、金剛山に登ります。

金剛山は標高1125mで金剛生駒紀泉国定公園内に位置します。意外に知られていませんが、日本有数の登山者数を誇り、その登山者数は富士山と争う程です。

山麓から山頂付近までを金剛山ロープウェイが結んでくれていますので、小さな子供でも簡単に登れます。ちなみにロープウェイは日本で唯一の村営ロープウェイです。



千早赤阪村のおはなし

普通運賃は大人片道700円、往復1300円 子供は片道350円、往復600円です。


千早赤阪村のおはなし

平日は毎時2本、30分間隔で、原則として9:00~17:00の運行。ただし8月のみ18:00まで運行。
土曜日は毎時2本、30分間隔で、4月~9月は9:00~18:00、10月~3月は9:00~17:00の運行。
日曜・祝日は毎時4本、15分間隔で、土曜日と同じ時間帯で運行。
なんと1月1日(元旦)は、初日の出目的の登山客に対応し、早朝5:00から運行しています。




千早赤阪村のおはなし




千早赤阪村のおはなし




千早赤阪村のおはなし
長閑な田園風景が広がりる二河原辺地区におよそ13mの奉建塔がそびえ立っています。

楠木正成の没後六百年(昭和15年)の時に全国の児童学生や教職員等の募金により上赤坂城の出城跡に建てられました。

石塔に刻まれている「非理法権天」は正成の旗印として用いた文字で非は道理に勝たず、道理あ っても法則には勝てない。法が決められていても権力には勝 てない。その権力も天命には勝てないという意味があります。

地の説明板によるとかなりの難工事だったらしく、この塔の大きさは『鉄筋コンクリート造り、表面に花崗岩を積み 重量最大1300貫(約4876Kg)』とあり、 着工〔1935年(昭和10年)10月〕から竣工 まで4年半の年月を要している。戦前の楠木正成の評価を物語る歴史的建造物でもあります。

ちなみに正成討死の年齢43歳でしたので、約43尺(約13m)の高さに作られたそうです。






千早赤阪村のおはなし




Map(地図)
「私本太平記」とは言うまでもなく南北朝時代を描いた吉川英治の晩年の大作です。

戦前においてはタブーともいえた足利尊氏をヒーローとして主役にすえ、戦前の「大忠臣」・楠木正成についても悪党・散所の長者といった当時の最新研究の成果も踏まえて「平和を愛する土豪」という新解釈で提示するなど意欲的な作品です。

今なお南北朝小説では最大のスケールをもつ小説といっていいでしょう。大河ドラマ「太平記」の原作もこの小説です。千早赤阪村も地名も多く登場します。

楠木正成はやはりNHKの武田鉄矢の影響か、知的で戦略家というよりは野性味あふれる人情家に描かれています。

千早赤阪村のおはなし
菜の花が咲き始めました。
狭い大阪から解放され、雄大な大阪平野も一望できます。

ちなみに奥にそびえ立つのがPLタワーです。




Map(地図)
千早赤阪村のおはなし
今年は梅の開花が早いですね。
村のウメも現在満開です。



千早赤阪村のおはなし
スイセン約5万本が見頃を迎えています。
千早赤阪村楠公史跡史跡保存会が99年に景観向上のために植えてくれました。

見頃は3月上旬くらいまで。大阪平野を見渡せる棚田跡になりますので、ハイキングがてら楽しめます。


千早赤阪村のおはなし-スイセン



Map(地図)
村、一番の有名人は間違いなく楠木正成だろう。
その由縁の1つとして寄手塚と身方塚は有名なお話です。

寄手塚は、葛城山付近から産出する角閃石黒雲母石英閃緑岩(かくせんせきくろうんもせきえいせんりょくがん)を使用した石造五輪塔で、1331~1333年(元弘1~3年)の千早・赤阪の戦いで戦死した鎌倉勢 の敵軍兵士の霊を弔うために楠木正成が建立したそうです。「寄手」とは、敵軍の兵士のことを指すのだが、正成はあえて、敵という表現を使わず、寄手という表現を使って魂を静めた。味方の兵を弔うための身方塚よりも、寄手塚の方が大きい理由は、そのためだといわれています。身方塚は、赤く小さな石榴石(ざくろいし)を含んだ、黒雲母花崗岩(くろうんもかこうがん)を使用しています。こちらは、戦死した味方(身方)の霊を弔うために建立したといわれています。味方の兵ばかりではなく、敵兵の慰霊碑を建てるところからも、楠木正成の人気の高さをうかがい知ることができます。

道府県指定重要文化財

Map(地図)

千早赤阪村のおはなし-寄手塚
                        寄手塚

千早赤阪村のおはなし-見方塚
                        見方塚





(お徳用ボックス) サンペレグリノ 炭酸入りナチュラルミネラルウォーター 500mlペットボトル×24本

¥2,880
Amazon.co.jp

おくりびと [DVD]

¥2,846
Amazon.co.jp

納棺夫日記 (文春文庫)

¥490
Amazon.co.jp