全米にはびこる
カメラ屋の拠点
その数 150拠点
今後
その拠点に対する
自動試験の遠隔操作を確立するために
奮闘すること2週間
ちょーーー
体調は相変わらず悪いんだけど
試練がきまして。
マンハッタンの西にある
NYのデータセンターにおいてある
テスターに 直接コードを書き換えなければいけない作業が発生(><)
誰かにやらせるには 複雑すぎる作業なので。
私が行くことにした。
このコードさえ書き換えれば
すべてが魔法のように動くはず
もう気力体力ふりしぼって
タクシーに乗り込み
データセンターに入る
テスターの入ってるケージを空けた瞬間に
「ギャー」 と悲鳴をあげたわたくし
テスターの下には
私が東京で初めてのプロジェクトで立ち上げた
PERという、何百もの会社の回線を収容できる
バックボーン機器がおいてあった。
私が入れた、NYの5号機。
色々と思い出した。
恩師Gさんに怒鳴られてやじられてた日々を。
「いいか? こんなプロジェクト、他のメンバーだったら設計図もケーブル配線図も購入リストも、半日で出来るんやで。サーコさんには特別3ヶ月やるから、やってみろ。」
恩師Gさんは、本当に本当に厳しくて。
「お前ら、サーコさんを助けるんじゃない!! 自力で解決させろ。 甘えるんじゃないぞ。
多額の金をあんたの派遣会社に払ってるんだ、それなりのアウトプット見せろよな。」
そう、怒鳴られるたび、野次られる度に
何度も何度もトイレに駆け込んで、泣いたり嘔吐したりしていた。
でも今思えば、新人の力量を判断して、厳しく怒って事故が起こったらやさしくフォローする、
とってもとっても厳しくて暖かい上司だった。 今でも尊敬の念は変わらない。
今では一番の相談相手だ。
そんな彼のもと、初陣として立ち上げた、NYの5号機。
はいつくばってテスターまでたどりついたら、この子に出会ったのは何かの縁じゃないかと思った。
他にも、東京の時に手がけてた基幹部の主要機器がたくさんあった。
なんだか、今の自分が、お金だのポリティクスだのだって、
すっごい汚い世界でこの一年半働いていたことがわかった。
床にもぐってケーブルを這わせた日々、機器を設置した日々、機器を設定してた日々、
工事をしてた日々。
機械はうそをつかない。自分のやった仕事が、周りのどんな矢玉からも、自分を守ってくれる。
やった仕事は嘘をつかない。そんな、東京での日々がなつかしくて。
思わず、データセンターでゴロンと寝こけたくなってしまった(笑
お金とお客に汚された私にとっては、
まるでパワースポットだった。(電磁波だらけで不健康な場所なのに笑
すっごいすっごい、エナジーもらった。
同行してたパートナーも、「さっきとは目の輝きがぜんぜん違います笑」とびっくりしてた。
昔の自分の日々を、改めて思い出して、ここまで這い上がってきたんだから、
こんな所であきらめられない!って
強く強く思った。
東京みたいに、
エンジニアにしか囲まれてない綺麗な世界は、確かに懐かしい。
でもあのまま、あそこにいても、伸びしろがなかった。
汚い世界を知った事を、全く後悔はしてない。
汚い世界を見ずに 机上の理論だけで仕事を回してるザ・おぼっちゃんエリート人間には
※私はエリートじゃなくて雑草だけど笑
深みがない。 部下も苦しむし、回りも苦しむ。
それは人生においても同じ。
だからNYに来てよかったと思う。
そう、NYの5号機を見て、そう思った。
コードを書き換えて、オペレーターのPCから吸い上げテストをしてたら
エンジニアのみんなが ワサワサと集まってきてくれた
「へえ~、こんな機能もあるんだあ~
どうやってみるの、この結果?」
ってみんな純粋に興味深深。
癒されるなあ~(;;)
今の仕事の営業と上司と客なんて、
すっごいカラクリ作れます!って言うと、
「それ金いくらかかるの?」
だもんね。人が苦労して作り上げたシステムを。
やっぱり心が純粋なエンジニアの反応には癒される。
しかもドーナツ2箱ですっごい喜んでくれるのも、
エンジニアの人の良さが伺える(笑
ホントはお歳暮送るくらい、この人たち普段から助けてくれてるのに。
感謝
で。
この作業が終わった瞬間に、
脱力でまた体調不良。
しばらくくたばります(笑
うん、よくがんばった。
モタモタして東京本社が完成できなかったことを
先に完成してやったぜい!!!
これでホントに自分のプロジェクトが
完結した気がする。
後は本番のみ。
3年前に書いたシナリオを
カメラ屋で動くかどうか、試してやる。
よしゃ
ばっち来ーい!