こんにちは。大阪でエネルギーアートを描いている中川阿規吏です。
きのうは大阪でも木枯らし1号が吹きました。
秋物のジャケットだと肌寒かったです
お気に入りだけどあと少しでコートの出番かな。
先日販売告知をしました「弥勒の悦」を描き終えてから、
まだつぎの1枚に取り掛かれないでいます。
弥勒菩薩、それは私が知るヒト型の仏ではなくて、
もっと鮮やかで
やさしく
宇宙に存在する雲母のような、
力強いきらめきのヴェール。
自分でエネルギーを転写して描いたんですけど、
いまだにそのエネルギーの余韻に浸っています
今までだときっと
早く描かなくちゃ!
なんて、誰が急かしているわけでもないのに焦りぐせで次へと着手していました。
いまは、
少しずつ「寝かせる」「育てる」「時を待つ」ことの楽しさを感じています
新しい画材も買ってあるんですよ
楽しみ。
描き終えてからのあいだ、気づいたんです。
文章で自分の気づきや、自分へのことばを書くことがとても大事でたいせつなことだった、ということ。
生まれ日や名前で算出する自分が決めてきた地球人としての「トリセツ」には、
「感受性は豊かだけれど言語化は苦手」とよくあり、
悩んではきたんです。
だけど苦手なんじゃなくて、
私の場合はたいせつだからこそじっくり練り上げたいというか…
カタチにしたいというか…
内面世界を表すのも、
絵を描くのと変わらないことにいまさら気づいたんです(笑)。
起承転結、要点をびしっと決めて簡潔に書くより、
散文的に、ふんわりと、あいまいに、寝言のように(笑)思いつくまま書くのが、好き。
輪郭があるモノを描くこと、
簡潔に具体的に書くこと
それらが表現のすべてだと思いこんで
自分はダメだ
とふてくされたんですよね
色んな表現方法を広い世界で見たり学ぶことすら嫌でした。
裏を返せばそれほど自分は表現が好きだったんですよね…。
ほんとやっと「自分の声」をキャッチできて嬉しくって
私にとってはことばで表現することも色を描くことも「呼吸」でした。
吸って
吐いて
また吸って。
天とわたしと地を繋ぎ、結び、また還して。
自分の生命の奥底に湧き出る想い、風景は、
内なる宇宙から受けとめたモノ。
「受け取ること」、
水のエレメントが、女性性が強すぎるワタシなのに
受けとめたモノをうまく循環できなかった、してはいけないことだと、
迷惑になる、責められることだとすら思っていた。
外側の世界に、地球に、ひとに循環させゆくことを、男性性の面を
わたしの女性性が全力で潰しにかかっていた。
「純粋な水はときにひとを傷つける」。
蟹座にまつわるエピソードで昔、目にした一文。
歪んだ愛情でした。
守りたいから、閉じ込める。
「外は危ないんだぞ。傷つけられたりするんだぞ。ほら、言うことを聞かなかったから泣くはめになったんだ。おとなしく俺の言うことを聞いていればいいんだ。」
父をはじめ、「自分の言うことを聞かそう、自分の思い通りにしよう」としてきた男性たちは即ちわたしの内面そのもの。
ハラスメントめいた行動を容認、支持する意味ではなく、
宇宙の本質的にはそれさえも…すべて愛でした。
循環。それは呼吸。
表現は、わたしにとって呼吸。
波のリズム、太陽と月のダンス、生と死。
わたしの中で、私
と私
がまぐあい、
生み出す。
自然なことでした。生きるすべてでした。
その循環がよくよく機能したこれまでの人生は我ながらあっぱれでした、
分離ワンダーランドの地球を楽しみすぎ!(笑)
いまね
私幸せです。
とくに何も…ないけれど(笑)。
表現したいこと、いっぱいあるんです。
クリスタルシンギングボウルも、いつかの未来でかならず演奏している確信があるし、
声を使ったこともしてみたくて。
ブログもインスタグラムも、文章のスキルなんてないけれどもっと自分を、
湧き出て来る音を色を、
呼吸して、
水路に流して、
この地球のグリッドに巡らせていきたいです。



