lastgiftboutのブログ

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1. はじまり


 じーんじんじんとセミの声がこだまする教室で、コウタは残り5分を切った算数の授業の終わりが待ちきれずにノートを走る鉛筆を止め、教室の外を眺めた。炎天下の中、校庭のパンジーに水を撒く教頭先生の禿げ頭が真っ赤に照りあがっている。

 コウタは間近に迫った長い長い夏休みに胸を高鳴らせる一方で、一片の戸惑いのような感情をかすかに覚えている自分に気が付いた。今年6年生になったコウタの、小学生最後の夏が始まろうとしていた。



2.予感

 コウタはロールパンを二つ一気に手に取り、クリームシチューの容器にじゃぶじゃぶと浸し、まさに流し込むといった具合に口に頬張った。いつもまるで鏡のように同じ調子で給食を食べるカズヤの姿が見えないことを不思議に感じながらも大急ぎで教室の方向にある用具箱からサッカーボールを取出し、校庭に向かう。
 
 小学校には男子児童が約300人いるが、サッカーのできるフットサルコートは校庭に一つしかなく、昼休みにもなればコウタと同じように多くの児童が我先にとコートに押し寄せる。
 最上学年とはいえ、「世の中」からまだ距離のあるコウタたちにとっては「早いもの」こそが大義名分なのだ。

 コウタがまだ低学年だったころ、校庭は今の二倍の広さがあった。フットサルコートは二面あり、大きなサッカー用コートまであったが、ちょうど一年前の夏、経営危機からの改善策の一つして、校庭が大幅に切り取られ、賃貸駐車場となっていた。
 校庭の造成工事が終わったその日、ピカピカのアスファルトの上に整列し、夏日を乱反射する数十台の車の列を見て、コウタは吐き出しようのない黒々とした怒りと同時に寒々しい恐れを強く抱いた。


 

 いつものように仲間たちとフットサルを楽しんみ、校庭の水道で顔を洗っていたコウタのそばにカズヤが近づきてきた。

「なぁ、コウタ、大変なことになったぞ」カズヤは言葉の選び方を迷っている様子でそう言った。校庭が切り取られたあの日からの数日間、コウタの別人のように粗ぶった振る舞いを和也はよく知っていたからだ。

「ん?たいへん?」さっぱりと汗を流したコウタは、爽快感の上の空でカズヤの言葉を聞き流した。

「いやさ、さっき給食の時に6丁目に住んでる奴から聞いたんだけど、みどり山のタコ公園がさ、ほらタコみたいなスライダーのあの公園ね。閉鎖になるんだって。」カズヤは少し早口でそういった。


「え?え?閉鎖?みどり山が?なんで?」まるでカズヤを問い詰めるようにそう聞き直した。思いよらぬカズヤの言葉にコウタの表情が変わる。蛇口から出る水が太陽を受けてキラキラと光る。


「ほらさ、あそこ大きなローラー滑り台あるじゃん、あれを工事するんだってさ。よくわかんないけど。ほんとかな?」本当だとわかっているのにあえてそう言うカズヤの優しいところがコウタは好きだった。

コウタはふーっと息を吐き出すと「そっか、困っちゃうね」とカズヤの優しさを気にして、軽く返事をした。だが、内心は大きく動揺していた。これから起きることがコウタには容易に想像できたからだ。




3.開戦


 土曜日の夕方、コウタとカズヤはいつものフットサル仲間の4人を連れて、ねずみ公園にいた。ただし、彼らがいつもいるフットサルコートではなく、そのコートを見渡せる高台の茂みの中に、身を低くして隠れていた。彼らのフットサルコートはいままでねずみ公園で見かけたことのない連中で占拠されていた。


「タコ公園の奴らだ」カズヤは目を細め、声を潜ませながらそう言った。

「知ってる、あれはアツシだ。やつがリーダーさ」コウタは、コートの連中のなかでひときわ髪の毛の長い小柄な男を指差した。


 2丁目に住むコウタの兄と6丁目に住むアツシの兄はいまでも同じ中学校に通っている。彼らが小学生だった頃、無用な場所取り争いを避けるために、それぞれの近隣の公園には手を出さ以内旨のいわば不可侵条約を締結していた。
 
 彼ら小学校を卒業した後も、その不文律は暗黙のうちに継続されているようではあったが、認識が互いに共有されているわけではなかった。


「ちくしょー、やつらこっちを勝手に使いやがって」茂みに隠れる一人がそうつぶやいた。

「これ以上は待てないなぁ。タイミングを見て仕掛けよう」カズヤがそうコウタに提案する。一筋の汗がほほを伝う。

コウタたち面々のまとう空気が一気に張りつめた。

 その時連中が蹴ったボールがゴールを大きく外れ、ぽーんとゴール裏の茂みの奥まで飛んで行った。

「よし、今だっ!!」コウタが勢い良く立ち上がり、コートに向かって一気に駆け降りる。
それに続いてカズヤをはじめ他のメンバーも一斉に駆け降りた。みんな、一抹の不安をかき消すように意味不明な言葉を大声で叫びながら、一目散へコートに流れ込んだ。


つづく