laricojet1988のブログ

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「余命三ヶ月」と宣告された父の【がん】いう病気を通じて学んだ家族愛と、私がワンネスレイキに出逢うまでを綴ったドラマです。※私の原点・亡き父のこと。の【目次】です。  翌日から、父はかき氷をほとんど受け付けなくなりました。眠っているのか、起きているのか、私たちの会話も聴こえているのか、聴こえていないのか、ほとんど何も分からない状態になりました。病室は、父の不自然な呼吸音が響くだけで、私たちは、身体をさすってあげることくらいしかできず、亡き祖父は何も語らず、私たちをやさしく見護っているようにも感じられました。慣れない場所での寝泊りでほぼ徹夜で看護をする家族の疲れはピークに達していました。まだ容態が大丈夫そうなら、交代で自宅に帰ろうか…という話をしていました。その晩は、私と夫が看護することになりました。母は、翌朝自宅へ帰る予定でした。強い眠気を覚まそうと、私は夫を病室に残し、キッチンへコーヒーを作りに5分ほど父のベッドから離れました。コーヒーの香りが漂うキッチンへ夜勤の看護師さんが小走りにやってきました。「いらしてください!お父さまが…!!!!」父は眠るように息を引き取りました。家族待機室で訃報を聞きつけた母ときょうだいは、着のみ着のままで父の病室に飛んできました。ホスピス主治医も駆けつけ、父の最期を看取りました。私たち家族は、父の看護が終わった…という脱力感に包まれながらまるで蛇口が壊れたかのように、たくさん泣きました。そして、生前の父が好きだった、ビール、コーヒー、ミックスナッツをコンビニで買ってきて、私たちと最後のお別れをしました。さようなら、お父さん。私、お父さんの娘で本当に良かったよ。たくさんの思い出を、ありがとう、ここまで育ててくれて、ありがとう、。私の大好きな、お父さん…テレビからは、当時流行っていたこの曲が流れていました。父が旅立った日の朝、空はとても美しく、すがすがしく晴れ渡っていました。(次回に続く)▼ランキングに参加させていただいています。 ワンネス輝(ライフ) ...