昔々 まだ「JR」が「国鉄 = 日本国有鉄道」だった頃のこと。
日本最大の組合「国鉄労働組合(国労)」の組合員に Mおじさんがいました。
Mおじさんは 札幌に住んでいました。
その頃 北海道では初の原発を作ろうとする時でした。
組合活動ををしていたMおじさんはもちろん反対の運動に参加していました。
ある日Mおじさんは 大型バスでたくさんの人と原発反対の座り込みに出かけました。
帰ってきたおじさんは
「やあ、バスでは往復ともタイヤの上の席で膝を曲げたままで、おまけに一日中 寒い中座り込んでいたら 腰が痛くなったよ ハッハッハ」と。
顔をゆがめて痛い腰をさすりさすり、それでも笑っていました。
★1987年 中曽根内閣による『国鉄の分割・民営化』 →国鉄は「JR」と名称変更。
Mおじさんは組合幹部だったので、もちろんJR北海道には不採用。
しかし大量自主退職を出し過ぎた(笑)JR東日本へ応募→採用。
年老いたお母さんと家族をを置いて、Mおじさんは単身東京へ。
そんな人たちが就いた仕事は、ホームの自動販売機のジュースの入れ替えや、ホームでのうどん・そば屋など。
東京のサラリーマンはホットドッグを3口で飲み込む!と絶句。
★1989年 北海道 泊(とまり)原発 運転開始。
Mおじさん、数年前退職をしたので 故郷にかえりました。
癖になったという腰痛で 腰が曲がっていませんように。
★2011年1月9日 泊原発で検査中の職員が被曝というニュース。
★2011年3月11日 福島原発で 爆発!
Mおじさんの曲がった腰も思わず伸びてしまうような 大変な大変な出来事。
Mおじさん、まだまだ「めでたし めでたし」という物語の終わりはありませんね。