小さい頃、遊んでいた場所は、元、神社があっだ場所だったなぁー






















ひょえー
と最近ふと思い出した
子供達が小さい子から大きい子まで集まり
みんなで、かくれんぼ、鬼ごっこ、たくさんあそんでたなぁーと
そこには、お社はないものの、はじに鳥居⛩は残ってたなぁ
石段もあり、なんか、好きな場所だった
それから、私は短大に行くために地元を離れた
そのまま今の東北のこの地に就職をし、その時知り合った今の旦那さんと結婚をした
結婚をしてから、氏神様の神社によくいくようになった
山の中にあるわけでもなく、町中といえば町中なのだか、
最初の鳥居をくぐってから、空気が違う、といつも感じていた
気が違うとでもいうのか、透明な感じがして、息をするのが、すごく気持ちがいい
だから、とても好きになった
病気をした時も、治してけれーといくのでは本当になく、
気にふれにいってたような、、、
その場のエネルギーに触れにいってたのかな、
ここからが家族にしか話してない話です

そこの神社へいくと、いつも、必ず青空の部分がそこの上にあるのです
はじめは、たまたまだと思ってました
今日は雨だから、といっても、
本殿の上が雲がザーッと流れて青空
吹雪の日いっても、
いきなり、そこだけ、まあるい青空が見えてる部分がある
自分でこれはそうだ!
と思い家族に話すと、
またまたー
と信じてもらえない
そのうち旦那さんをよく誘い
ほらっ
青空
ほらっ
お日様さしてきた!
と
お前は、青空見つけ隊か!!!
とも言われんばかりに、

おしつけがましく旦那さんを巻き込んでいった
そんな日々を過ごしてる時
ふと、
旦那さんが、龍神様が空にいって違う場所へ行く時の抜け道だ!!
あそこを通ってまたここにきたり、またどこかにいったり、通り道だ!と納得するようになった
ホホーッ





そっか!
となんか腑に落ちた感じの私
それからというもの、神社の青空の穴や快晴の日に空を舞う龍神様を空想するようになった
で、昨年の秋くらいに、このことは起きた
いつものように、
小さな娘を連れて神社へいくと、
すんごく、昼なのに、暗く、天空は青空がどこさがしてもなく、
しーん
と静まりかえっていた




あれ?
今日は青空がないなー


そして、いつもなら、小鳥のさえずりや、
いやいや、妙に静かで、しーん


あれ?と思いながら
娘と、お参りをして、さっ、帰るか!といって、神社を背にし、歩き出した時、向かって右側の奥の方から、ゴーーーー!!!
と凄まじい風が吹き、ブワーーーーっと私たちの横?上?どこ?





といわんばかりにエネルギーの様な龍の様なものが、お通りになられていったのでーす
娘はまだ小さいので、
きゃー





とキャッキャ、走って、
逃げろーみたいな、そぶりをしてました


私の心情は、
ひょえー




すご!


神風とは、これかと、
そして、車を停めてる少し前の鳥居のとこで、後ろを振り返った時、
パンパンとお参りするところに、
実際目に見えたわけではありません、
頭の中のイメージで、
いきなり、
バンっ
と、そこに腰を下されるというか休まれるというか、
大きな大きな龍神様の姿が、うつりこんてきました



ひぇー

なんか、おそれおおい感じー



その、瞬間、
あっ!
だから、今日は、青空がなく、
ここで、ゆっくりされていたんじゃないのかと、、
私なりの、見解ではありますが、ふとそう思いました
そんな中、私より、そーゆーエネルギーを感じないが、その神社で、のっそり歩くタヌキをみたり、
今、なんか、賽銭箱の前におっきい鳥がうごいた!
とか言う旦那さん


狛犬さんを、綺麗にしたくなった!と、突然言い出し、
ルンルンと、フキフキしにいったりしてます
リュウ博士の本を読んでから、
集合意識というものに、フォーカスする様になり


ますます、あの世とこの世の境い目の鳥居をくぐるのも、前と意識が変わって楽しくなってきました


今、お参りしている私や旦那さん、息子たち小さな娘の意識も集合意識となり、
時空を超えて、神風の様に流れるなんて、なんて素敵な話だろう、
とふと思う今日この頃です
ちなみに、我が家は子供は3人ですが、
一番チャラい次男「多感な高一」が、神社好きで
初詣なども友達と神社のはしごをします
で、
今年は、
始めて初詣にいった神社を、
あそこさー、最後の鳥居くぐったら、空気めっちゃや違ったわー
おみくじ引くときすんげー思ったわー
いやー
いいわー神社
と、言ってました
チャラい口調がなおおもしろ

感じる次男
面白いですね(*´꒳`*)