今、あたしは知的障がい児のデイケアで仕事をしている。いわゆる放課後ルームである。
そのためには子供たちに憎まれてもかまわないと思っている。
これから先に順応できるんだったらこちらはすすんで悪役を引き受ける。
一方、高齢者福祉はどうだったのか考える。ターミナルケアも興味あったけど心のどこかで「どうせもう死んでしまうんだからそのような固定概念を受け入れよう」と自分の意見を持たずにいわゆる小間使いをしていたところがあった。
それってつまり逆の立場を考えてみれば「起るだけ」になってはいないだろうか。
今は子供たちをいかに「叱っていくか」が求められてくる。
かつての有料老人ホームで作業療法士に「対人援助職は向いてない」とか枚挙にいとまがないぐらいいじめられた。でもその人のやってることはなんなんだろう?結局は作業療法とは名だけで「出来る人だけを集めて楽しさを提供している」だけだった。出来ない人は出来ない人なりも接し方があると思っている。それはスキンシップでもいい。
今の施設はそれで楽しく過ごせてるからそれでいい。
過去に心を開かない高齢者にスキンシップを求めたら笑顔がこぼれてきたけど作業療法士に「虐待だ」ととられた。
結局は一部しか見てないのに。。。

辞める時に「作業療法士の言葉の暴力がひどくて退職します」と郵送して本社におくりつけてやった。
カトリックミサでは平和のあいさつというのを交わします
「主の平和」
とゆって四方八方を向くのです。
昨日のミサでは平和についての説教でした
「みなさんは平和のあいさつをどのように交わしますか?あ~あメンドクサイ。あっちこっち向かなきゃいけないし、向いたら向いたで違うとこ見ててフライングしたってこともあるでしょう。じつは私も神学院時代にフランスのミサに出てたときに隣に綺麗な女性がいて「一目ぼれされたらどうしよう」と思いながらしてました(笑)」
すんげぇ神父様…見抜いてらっしゃる。さすがうちの主任司祭だけあるわぁ
恐るべしですな。
おまけにカトリックの説教で笑ったの初めてだ。

来週は主の昇天ミサですよ。記念ミサなのできちんとした格好でいきましょう。
よくカトリック文化圏の小説を読んでると洗礼名のお祝いをしてくれると書いてある。マリア・マグダレーナは7月である。誕生日とまったくもってして季節が正反対だ。どうなることやら。
昨日はそう鬱状態で素敵なことになりました
躁状態のとき→カミソリ投げて壊し、CDをなぜか投げて遊ぶ、チャットにて毒舌はきまくる
鬱状態のとき→死んでいい?と意味深い発言をしたり、彼氏を困らせる、あげくにはアムカ、寝付けぬ
てなわけで大勢な人に迷惑をかけましたが決して診断は「双極性障害」ではないのです。「全般性不安障害」中の「
パニック障害および抑うつ神経症」なんです。
今日は連休明けだから混むぞと思い早目に診察券を提出。9時半に出したら診察が始まったのが11時過ぎ待ち時間の間にデイリーの時にからまれた人にまたからまれる。「あんた、まだ、あそこの店で仕事してんの?」と聞かれ「もうあこがれの職種についてますよ。知的障がい児の施設です♪」笑顔で話すも素知らぬ顔。
ここはディズニーランドかっつぅの!!
※ちなみに妹はてんかんで脳外科(あたしの前の職場)にかかってますが5時間3分診察で激怒。だからとゆってそこで働いてた姉に当たるな。。。
まぁさすがは主治医ですよ。見た目に異変に気がつきます。
アムカ痕まできっちりカルテに記入
「半年以上やらなかったのにねぇ」
「酒で薬かっこむなって何回いったかねぇ」
そして名ゼリフきみは感情のジェットコースターだから
結局、禁酒を約束させられました。このままじゃアルコール依存症になりかねないとのことらしいです。

ヤクルトの話はやはりお預けです。診察最後にちょこっと触れただけ。「もう飛べないツバメだな」と先生が話すと「あ。ヤクルトのマスコットキャラつば九郎は進化した飛べないツバメらしいですよ。四季にも対応できる進化したツバメらしいですよ」と話したら「羽根が退化したんだろ?マスコットがあんなメタボじゃもう沈殿だな」と投げやり