「クライシス2097」エピソード1人類の転機はここから始まった。「コンクエスト赤の惑星」エピソード2地球を離れて火星へ向かったチームの行く末は…。「ジャーニー遥かなる希望へ」エピソード3そして長い長い旅は始まった。
-11-悟子は、父である悟の最後まで果たせなかった意思を継ぐために、この船に乗り込んだようなものだが、今の立場になってようやくその責任が果たせそうな気がしてきた矢先だった。その立場とは、LBを目指すすべての機体を追跡し、それらの位置と速度と進行方向を確認し、船の状態状況を把握する任だ。だからこそ絶対に役に立ちたいという思いで、原因究明に取り組んだ。「悟子君、フロンティアの軌道のズレは確認できたかい?」大庭はメインコントロールから戻ると、真っ先に悟子のデスクに寄って訊いた。「・・あ、大庭さん。ええ、向こうの言う通りでした。気が付かなくて、ごめんなさい」「気にしないでいいよ。それでどんな感じ?」「ほんの僅かですが、継続的に一定の角度が付いている感じで軌道を逸れているように思います」「何が考えられる?」「もっと詳しく解析しますが、考えられるのは目標点自体がずれているというか、目標点が変更されたかのような動きに見えます」彼女は戸惑っていた。「目標が変わったと・・」大庭も首を傾げた。「でも、そんなことはありえないし・・」「・・・カメラかな・・・」「でも、カメラが壊れたら、プログラム上では直前の進行方向がキープされた上で、数分で別のカメラが取って代わる仕組みになっている筈ですから、やっぱりシステム全体の不具合と見るべきじゃありませんか」悟子は納得いかないまでも、答えに近づこうとしている。「・・君の言う通りだな・・」大庭としても合点がいかない」悟子は憮然とした顔でモニターを睨みつつ、キーボード上に指を走らせている。「他に何が考えられる。カメラは正常だとすれば・・」「・・多分・・正常だと思うんですけど・・」言いながら彼女は件の映像を再び呼び出して、身を乗り出すようにして見つめだした。数秒後、突然目を見開いて、更に目を近づけて一点を見つめ始めた。その無数に散らばる星々の映像に、何か違和感を感じたのだ。「・・何か見つけたのかい」その様子を見ていた大庭が訊いた。「大庭さん・・この画像、なんか変です」「どう変なんだい?」「これ、多分静止画像ですよ」悟子は確信に満ちた様子で言い放った。「なんだって・・」大庭は驚いた様子で彼女の横から首を寄せてモニターを覗き込んだ。彼もじっと画像を見つめる。「こういった画は今まで散々見てきましたが、星の光の一点一点に動画特有のぎらつき感が無いんですよ。言い換えれば写真のように見えるというか・・・」「・・ああ・・確かに・・君の言わんとすることはわかる気がする」「どうしましょうか」「受信している映像の生データを時間を開けて見比べてみよう」「そうですね、そうしてみましょう」悟子は言うが早いか、キーボードを叩き始めた。
-10- 2112年10月二日前、パイオニアβの艦長ジョージ・マシューから緊急の連絡が入ったことから始まった。ジョージ・マシューは鮎川翔一郎の従兄であり、アメリカでのビジター・ショック対策の最初の第一人者デイビッド・マシュー博士の孫でもある。パイオニアβに乗艦したときは第一操艦機長だったが、今は二代目の艦長を引き受けていた。「・・ジョージ、大庭です。どうしました。スパークス艦長もいらっしゃるから話してください」スパークスはたまたま所用で大庭のデスクを訪れていた。「それはちょうどよかった、実はこっちのFA(フロンティアエイド)追跡班が機体の軌道がわずかにずれていると言い出したんだ」「・・軌道が?・・」大庭はスパークス艦長と顔を見合わせた。「間違いありませんか」「データを見せてもらったが、間違いはなさそうなんだ。それでそちらにも検証してもらおうと思って連絡した次第だ」「では、早速こちらでも検証させよう」大庭は即決した。FAの追跡は基本パイオニアβが担当しているが、パイオニアαでもモニターはしている。「原因不明の理由で機体の進行方向が、進むべき軌道から継続的にコンマ1度弱ずれているらしい」「原因がわからないんだね」「そう。送信されてきたデータを隅々まで確認させたんだが、原因となりそうな異常が見つけられなかったから、こっちのスタッフは悩んでいるよ」「そりゃこっちでも苦戦しそうだ。とにかく今から取り掛からせるよ」「原因の見当は付きそうかね?」黙って聞いていたスパークスが口を挟んだ。「大丈夫ですよ。データを洗いざらい調べれば原因は必ず見つかります。但し、修正が効くかどうかはわかりません」「つまり、不具合が修正できなければ計画は失敗に終わるわけだな」「そうとは必ずしも限りませんが、そうなる可能性は高いですね」「修理が可能な故障であることを祈るしかないな。とにかくこっちも全力で解明に当たるよ。そして何か新しい事実が分かれば逐一報告するから、そっちも頼むよ」そう言ってジョージ・マシューは通信を終えた。大庭は早速主要メンバーを集めた。その中には藤縄悟子の姿もあった。彼女はノア計画の始まりに関わった主要メンバーの一人、藤縄老人の孫娘である。父親の悟は、これまた重要なキーパーソンだったが、この船パイオニアの建造中の事故で殉職している。その跡を引き継いだのが彼女だ。
-9-「そう、問題視するべきは最大百年単位で受ける宇宙線の影響は無視できませんね。可動部分の材質劣化が思わぬ事態を招くこともあり得ます」大庭は閉じられつつある発出口のシャッターを見つめたまま言った。「当然その対策はされているんだろう?」スパークスが訊いた。「もちろん。重要部分には鉛シートと磁力線バリアを併用して宇宙線の進入を極力排除してはいますが、期間があまりにも長いことを考えると、楽観はできません」「百年ともなると、被ばく量は相当なものになるからなあ」スパークスもその辺の事情は理解はしている。「結果が出る頃には我々は生きていないだろうから、確かめようもないが、でき得る限りのことはやったと思う。様々な想定の元、各種の材料を揃えて後進に託すことが俺たちの義務だな」スパークスは改めて大庭とバーンズに労うような笑みを向けた。パイオニアαを離れた機体は、数分後に推進用エンジンの燃料が切れ、勢いよく分離されたときにはパイオニアの姿はもう見えないほど離れていた。前方のカメラが目標となる星を補足すると、それを進行方向の中心になるよう高圧ガスを使ったスラスターで姿勢を制御し、固定された。その後、一時間ほどをかけてメインエンジンが稼動されると、順調に加速を始めた。これら一連の動作を後方から追うパイオニアのメインコントロールは、すべてをモニターしている。そして今後も24時間体制でミッションの最終段階まで監視下に置かれることになる。二時間後、メインである原子力エンジンによる加速が予定通りの加速度で安定していることが確認されると、パイオニアの両機は止めていた加速を再開させた。この後、パイオニアαではスパークス艦長の計らいで、幹部連中が重力棟に設けられている通常パーティールームとよばれている多目的ホールに集められて、貴重な酒類が振舞われた。その会場に招かれたメンバーに、パイオニアα副操縦士の鮎川翔一郎もいた。地球を破滅へと導いた巨大系外惑星“ビジター”の第一発見者であり、地球危機対策連合発足に尽力した最初のメンバーの一人である鮎川浩一郎の孫である。鮎川はこの船に乗る前から交流のあった大庭朱志と話し込んでいた。
-8-発出の10分前、各所最終チェックが済み、バーンズがカウントダウン開始を指示した。船内には数字を読み上げる声が響き始めた。クルー達に緊張が走る。彼らの表情はいつになく固いようだ。こういったシチュエーションには慣れている筈の彼らだったが、この先の命運を大きく左右するミッションだけに、失敗を恐れる気持ちが強いのかもしれない。前例がない上に、予備も代替案もないのだから。3分前になると、機体を保持しているブラケットがすべて外され、船体は前後を三か所ずつ、計六か所を三方からワイヤーで吊るされるように浮いている。無重力だから、正しく浮いているのだ。前後して前方のシャッターが、カメラの絞りのように、ゆっくりと音もなく開いていった。その向こうは宇宙空間の闇へと続いている。カウントダウンは進み、10秒を切ると、機体中央部よりやや前方に位置する左右側面の二か所に挟むように取り付けられた超小型液体燃料ブースターエンジンに火が入り、アイドリングが始まる。そしてゼロがカウントされ、同時にワイヤーが切り離されると、機体はゆっくりと前進を始め、機関部が外へ出るとエンジンは徐々に出力を増していった。十分に離れると、ブースターは出力を最大にして急加速でパイオニアαを離れていく。肉眼で見えなくなって以降も、管制室から異常なく加速されていることがモニターされていて、スピーカーを通して経過が伝えられている。固唾をのんで成り行きを見守っていたクルー達もようやく成功を確信したようで、パラパラと拍手が起き始め、やがてそれは喜びの歓声へと変わっていった。「よーし、よくやった。ひとまずは成功だな」スパークスは言いながら大庭とバーンズに握手を求めた。「先は長いですが、最初の第一歩を無事に記すことができたと・・・」大庭はあくまで慎重な姿勢のままだ。「あとは変な不具合が起きないことを祈るだけだ」バーンズの心配もそこにあった。「それを言っていたらきりがない気もするが…」スパークスにも一抹の不安はあった。「万が一に備えてバックアップが用意されているから、当面の間は大丈夫だと思うんだが、不具合の内容次第のところもあるんだ。まずはシステムそのものの欠陥に由来するものだとしたら、長い目で見たとき、いずれ再び同じトラブルに見舞われることもあり得るし、その時対処の手があるとは言い切れない」バーンズは過去のケースを思い出していた。「それに関しては、リチャードの言う通りだな。昔から同じような問題を何度も見てきたよ」スパークスにも経験があるようだ。「もちろん、その点は織り込み済みです。そういう事態を招かないために、あらゆる考え得る事態を想定して念入りにシミュレーションを行っていますから、少なくともプログラム上の欠陥の確率は二桁は低いと自負しております。但し、問題は他の部分でしょう」大庭は言葉を切った。「もう一つの心配な部分だね」バーンズの懸念はそこにあった。スパークスもその問題点に心当たりはあるが、黙って大庭を見た。
-7-「ちょうどよかった、ビル。完成が見えてきましたよ」大庭が作戦室を訪れたスパークス艦長を呼び止めた。「ついに目途が立ったてことかい」「ええ、全自動航行システムのプログラムがようやく完成したとの報告が入りましたから、残るは不具合がないかを徹底的に調べるだけのようです」「あのシステムだけは全くの白紙からスタートさせたから、もっと時間が必要かと思っていたが、頑張ってくれたようだな」「各方面の一流の人材を投入させましたから、その甲斐がありました。今後は総合的なシミュレーションに半年ほど費やしたのち、多分一年後には送り出すことができるでしょう」大庭の顔は自信に満ちていた。数日後、決行は来年の年明けと同時にと決められた。そして、その言葉は実現された。 2105年12月末日この日の午前中から最終チェックに余念がなかったオールメンバーが、23時を回ったころから、管制室となるメインコントロールに集まり始めた。真っ先に来たのはもちろんスパークス艦長と大庭長官、少し遅れてバーンズ作戦部長だ。「何度も言ったが、こんなに短期間でよく仕上げてくれたよ。心底感心してるんだ」スパークスは小さなガラス越しに見えるフロンティアエイドの長い機体を見つめながら、隣に並んだ大庭に語り掛けた。「それはリチャードに言ってください。彼の力があってこそですよ・・ほら、彼が来ましたよ」その時、バーンズが背後の扉から室内に入って来るのが見えた。彼は二人には目もくれず、管制用モニターの一つを前かがみにかぶりつきで睨み、忙しくキーボードをたたき始めた。そして、出てきた結果を数秒間見つめると、意を決したように傍らの受話器を取り上げ誰かと話し始めた。相手と二言三言の会話を交わすと、安心したように受話器を戻したところで二人の存在に気が付いた。「ずいぶんと慌てた様子でしたが、何かトラブルでも?」大庭が心配そうに尋ねた。発出まで一時間を切った時点でのトラブルは計画の狂いを意味するのと同義語とも言えるわけで、一旦延期すると、細かなスケジュールの見直しが必要となり、月単位の延期が見込まれるのだ。スパークスも表情を曇らせている。「いや、大丈夫だ。モニターしているカメラの調子が悪くて、原因を探してたんだが、中継器の故障が見つかっただけさ」「そうか、それは良かった。ちょっと心配しましたよ」大庭は安堵した。「リチャード、心配かけるなよ。何か問題が発生したかと思ったぞ。この作戦がうまくいけば、我々パイオニアにとっても大きな恩恵を受けることに繋がるわけだから、絶対に失敗は許されないからな」スパークスも本気で心配したようだ。「わかってます。今のところそれ以外のトラブルも、問題点もありませんから」バーンズは笑いながらウインクしてみせた。後、一時間弱後、2106年の年明けと同時にフロンティアエイドはパイオニアαを旅立つ。
-6-「このエンジンの最大の特徴は、燃費効率の大幅改善に尽きるでしょう。したがって効率が上がった分を出力向上に充てれば、加速減速の能力が上がり、即ちリトル・ブラザー到着が前倒しできることになるわけです」大庭が説明を始めた。「間に合わなかったんだな」バーンズは地上にいたころに耳にした話を思い出した。「そう。アイデアはかなり前からあったあったそうだが、結局間に合わないということで、搭載は見送られた」「お蔵入りになった技術があったことは聞いていたが、多分このことだったんだな。それで、どんなエンジンなんだい?」「これの正式名称は“高圧力過加熱水方式”、簡単に言えば水を密閉状況に置いて、高圧の過加熱状態にして爆発的な推進力に利用するといった塩梅だね。熱効率がいいから、是非ともすべての船に乗せたかったんだと思う」「当然だな、採用されていれば、十年単位で行程時間が短縮されるのは確実だろうな」「間違いなく。地対連合としては何としても搭載したかったに違いなかった思うんだけど、どうにもならなかったようで、パイオニア以降の機体には、せめて出発後に改造ができるような仕掛けを施してあるんです」「なるほど、それを活用しない手はないわけだ」バーンズは遣り甲斐を見出せそうだと思い始めていた。「聞いてなかったが、どれくらい短縮できると踏んでいるんだ」二人の横で話を聞いていたスパークス艦長が尋ねた。「・・そうですね・・多分十年から二十年、或いはそれ以上も可能かと考えております」大庭は考えながら答えた。「そりゃ大きいな、ぜひやりましょう。いや、やるべきでしょう」バーンズは既に乗り気だ。「そのつもりですよ、そのためにはリチャード、あなたの知見が必要ですから、是非ともお願いします」「もちろん、協力するさ」 2105年5月2年と数か月が過ぎた。その間、“フロンティア・エイド”名付けられた計画は、念入りな計算の上に最適な飛行計画が練り上げられ、同時に求められるエンジンを含む機器類のスペックが決定され、製作された。本来の計画では、フロンティアは最大限まで加速されたのちはそのまま慣性で進み、減速されずに高速のままLBの側を通過しながら観測することになっていた。しかし、今回の改良によって速度が大幅に上がるだけではなく、LBに近づくと大きく減速させ、周回軌道に乗せられることとなっている。これが成功したならば、それがもたらす成果は非常に大きなものとなるだろう。正に画期的な変更となる。つまり、事前の調査観測が前倒しできるだけでなく、長期にわたる継続的な観測が実現できるのだ。これまでにすべての仕様が決定され、LBとのドッキング機構とエンジン自体は既に完成している。残るは設計に手こずった噴射ノズル関係の完成と、最も厄介だった全自動運行システムのプログラム設計だった。
-5-地球を出発して最初のころは慌ただしい時間を過ごしていたクルーたちだったが、最近ではようやく落ち着いた日々を迎えており、むしろ退屈な日常に飽きはじめている状況にあった。そんな状態にあって、手ごたえのある課題を突き付けられた科学者と技術者たちが、嬉々としてそれに取り組んだのは言うまでもなかった。四日目の午後、バーンズたちは、まとめ上げた計画のあらすじを発表するために、再びあの場所に要人たちを集めた。そこで公にされた計画を要約するならば、まずは即時に、現在進行中の、月および後続機からのレーザー光によるフロンティアへの光圧加速を中止すること。それによってフロンティアの進行速度を固定化確定させ、計画の信頼度を上げることができる。次に、プロジェクトの中核をなすドッキング機構と、補完機の仕様を決定し、同時にそれを基にしたその後のスケジュールを考えるとされた。その上で進行の詳細、つまり、加速や減速の能力を計算に入れた上でそれらのタイミング決め、プログラムに落とし込むことが必要とされた。「とりあえず、最優先は出発の日時を決定させることだな」スパークスは発言が途切れるのを待って、おもむろに口を開いた。「そのためには各チームの抱えるプロジェクトの完結に要する時間を出してもらい、更にそれらをトータルした時間を基にして送り出す日時を決定すると、そういう手順で行きますが、問題ありませんか」大庭はそういうと、参加者を一通り見回した。特に異論はない様だ。「・・では、48時間後、再びここに集まってもらい、正式な日時を決定しますので、すぐにでも取り掛かってください」皆がこの場を去り際、大庭はバーンズを呼び止めた。「リチャード、相談なんだけど、この船に各種のエンジンキットが積まれているのは知っていると思うけど、実はその中にまだ実用化されていない未完成エンジンのキットが含まれているのは知ってるかな」「ああ、ここに回収された後、船内を案内されたときに説明は受けたよ。それが実用化されれば、今後のスケジュールが大きく変わる可能性があるとは聞いたな」「その通り。実用化される直前にタイムリミットを迎えてしまい、未完成のまま、キットとしてこの船に積んであるんだ」「・・ということは、それを完成させて使えということだね」「ええ、そうです」大庭はそう言って頷いた。「どの程度の完成度なんだい?」バーンズにとって最も知りたいところだ。「95%というところかな。最も重要であろう噴射部分の詳細が未決定のままリミットを迎えたと聞いています」「じゃあ、そこを造ることが主な仕事になるんだね」「まあ、そうなりますね」「それは難しそうだ」バーンズにとって知識はあっても経験のない領域だった。「間違いなく。ですから、あなたにその指揮を任せたいのです。引き受けてもらえますか」「人材を揃えてくれるなら、引き受けよう」彼に断る理由もなかった。「もちろん、抜かりはありませんよ」大庭にしてみれば、強力なリーダーシップがとれるバーンズに任せれば、最短で成果を上げてくれるだろうとの目論見があっての依頼だった。「わかった、引き受けるよ。それで、大筋で訊いておきたいんだが、そのエンジンはどう改良されているんだい。僕なりに理解しておきたいんだ、イメージが湧かないからね」「それもそうですね、わかりました、簡単に説明しておきましょう」そう言って、大庭はそのエンジンの概要を話し始めた。 #.昨年末に急遽入院することとなり、長いことUPできずにいましたが、ようやく復帰できました。少しペースが遅くなると思いますが、今後ともよろしくお願いいたします。
-4-「何か手がありますか、博士」大庭が訊いた。「私はこの問題に早く気が付いて、いろいろとアイデアを練っていたんだ。実はこのプロジェクトが発表される前に方法を探るために、フロンティアの図面をアーカイブから探し出して、暇なときに検討していたんだ。まだその方法がまとまったわけではないのですが、アプローチの方向性が見えてきたので、この課題はぜひ私に任せてくれませんか」ロマノフスキーは経緯を説明し、そのまま続投を希望した。大庭は視線をスパークスに移動した。スパークスは大庭と目が合うと、今度はパイオニアβの艦長山下心吾の映るモニターに視線を移した。山下はそれに応えるように小さく頷いた。「ではあなたに任せますよ、ロマノフスキー博士」スパークスは納得した上で決定を下した。「どちらにしても、このプロジェクトは分業体制を築かなければ達成できませんから、この線で進めることに皆さんも異議はないと思います」モニターの山下の発言だ。彼の言葉は今後のあるべき方向性を示していた。「計画を成功させるにあたって、山下艦長のおっしゃる通りの分業化に異論はないと思いますので、分業化する作業内容をリストアップするなら、送り出す機体の設計と製造。そして飛行計画の決定。それに合わせたエンジンの仕様決定と製造。最後にフロンティアとのドッキング機構の開発などが主だったものになるでしょう」大庭は手元のタブレットの画面を見ながら読み上げた。「これらはそれぞれが連携しなければならないことはもちろんだから、リチャード、全体の統括は君だぞ、頼んだからな」スパークスはプロジェクト・リーダーとなるリチャード・バーンズの覚悟を問うように言った。「リチャード、わたしも、そしてロマノフスキー博士も最大限協力しますよ。何でも言ってください」大庭は当然バーンズを全面的に支援する腹積もりである。「その通り、細かいことは私らに任せて、君はプロジェクトの全体像をまとめることに集中してくれ。こっちも自分たちの仕事に集中できるからね」ロマノフスキー博士も十分に理解しているようだ。「わかりました。では、遠慮なくそうさせていただくよ」バーンズを中心としたチームは、当面はプロジェクトの全体像、物語で例えるなら、あらすじを決めることに没頭した。発進の時期から加減速のスケジュールと程度とタイミング。ドッキングの方法とそのための機構等、決めなければならないことは山ほどあった。それら計画の骨子を決めるために、各部門のエキスパートたちが議論を交わすこと1週間。粗いながらもようやく全体像が浮かび上がった。
-3-バーンズが選んだメンバーは、当然のように“アイスクラッシャー作戦”で共に戦ったチームのメンバーが中心となる。彼らの経験は無重力状態での物体の動きなど、実際を見てきているから、理論だけではなく、直感的な判断が活かされることで、最適なプログラムが設定できるだろうとの期待があった。今回取り組むプロジェクトに共通する部分が多いとみられるからだ。ただし、大きな違いはその現場がリアルタイムで確認できない遠くであることだ。翌日、招集されたメンバーは一か所に集められた。顧問として大庭朱志と、総合責任者としてスパークス艦長の姿もある。それにパイオニアβの山下艦長と、同じく科学技術顧問のロマノフスキー博士もオンラインで参加している。メンバーが揃うと、最初はバーンズの言葉から始まった。「・・では、始めますが、まずは私が考える計画の概要から説明します」バーンズはこれまで漠然と考えていた計画を、急に現実的なったことで、一日をかけてそれの具現化に取り組んでいた。「ああ、頼むよ」スパークスが応えた。「はい・・簡単に流れを説明するなら、まず、このパイオニアからエンジンを運ぶ無人機を送り出してフロンティアを追いかけます。そして追いついたなら、エンジンを含む必要な機材をドッキングさせ、そのまま加速態勢にもっていき、その結果ホライズン1号機よりも先にLB(リトル・ブラザー)に到着させることが最大の目的となります」「簡単に聞こえるけど、それを達成させるには、相当に大きな技術的課題がいくつもありますね」大庭が難しい顔で言葉を挟んだ。「その通りだよ。加速と減速を二回づつ、それも正確にやり遂げさせなきゃならないことが一つ。そして最大の難関がフロンティアとのドッキングだね。これをサポートなしの完全自立の全自動でやらせることが最も難しい」バーンズはそう言うと、大庭の感触を確かめるように彼の顔を見つめた。「確かに、その点は手こずりそうだ・・」大庭もその点は予想していることだった。「ドッキングと言っても、そういう機構は備えられていないから、言うならば“捕獲”ですね。しかもフロンティアの機能を殺さないように捉えて保持しなきゃならないから、その装置にはかなりの工夫が必要でしょう」その声はモニターを通じたパイオニアβのロマノフスキー博士だった。
-2-その日の会議も終盤に差し掛かったころ、先行する探査機“ホライズン”1号2号の両機についての状況報告の中で、フロンティアの話題が出たことに始まった。この問題は、恐らく乗組員の殆どが大なり小なり気にかけていたことであろうが、初めて議論の俎上に乗せられたことになった。皆が問題視していたことから、話し合いは一挙に前進したことは言うまでもない。中でもNASA出身の技術者エイブラハム・ラボリエルは、かなり以前から、NASAに助言を求めたりしていたようだった。「君には何かアイデアがあるのですね」科学技術部門トップの大庭朱志(おおばあかし)が彼に問うた。「ええ、NASAからの助言をもとに、いろいろ考えていたのですが、ここからフロンティアに向けてエンジンを届けてはどうかとの結論に至ったのです・・・と、言うか、それしか方法は無いと思いますが・・」エイブラハムは言いながら照れ笑いを浮かべた。「エンジンを届けるか…それができれば最適だろうけど、そんな方法があるのかい?」スパークス艦長は懐疑的な顔で訊いた。「艦長、この船には将来に備えて各種の機材やエンジンキットが保管されていますよね、これらを活用するんです」「・・なるほど・・オオバ長官、彼のアイデアはどうなんだい?」スパークスは大庭科学技術担当長官に意見を求めた。「ありですね、備蓄しているキットには小型原子力エンジンが複数ありますし、各種の部材や装備品もアセンブリー化されて大量に保管されていますから、それらを組み合わせれば大概のものが作れますね。問題は完ぺきな自動化を実現できるかでしょうね。そこをクリアできれば可能です」「高難度だが、可能だと言うんだね」「そうです」難しいという意味は、この場の全員がすぐに理解した。「どうやら、この方法が唯一らしいから、私はこの線で行くことを承認したいが、異議のあるものはいるかな」スパークスはオンラインモニターも含めた全員を見回した。「加速減速と進路決定を的確に自動で行える、高度な自立プログラムを開発しなきゃなりませんが、意地でも克服しなければなりませんね」言葉を発したのはオンライン参加のパイオニアβ艦長の山下心吾だった。それは賛同の意味でもあった。他の者は無言で頷いたりするだけで、反対する者はいないようだ。どう考えても他に手はない。「山下艦長が言うように、いろいろ条件を考えると、かなりハードルが高そうだ」作戦部門トップのリチャード・バーンズは思わず漏らした。彼はビジターの衛星を排除する作戦、あの“アイスクラッシャー作戦”の実行責任者だった人間である。作戦を無事に成功させた後、このパイオニアαに回収されて今に至っている。「そうですね、だから、このミッションのリーダーには是非ともリチャード、君に引き受けてほしい」スパークスは地球を救った彼が、今回のミッションのリーダーとして最もふさわしいと真っ先に考えたようだ。大庭も大きく頷いている。「・・・わかりました、しかし、条件として、側近の人選は私に任せていただきましょう」バーンズ即答で了承した。「もちろん、構わんよ」スパークスも即答で返した。バーンズの実績を知る者は、反対する筈もなかった。彼の頭には、すでに数名の顔が浮かんでいた。
-1- 地球暦2103年 パイオニアα内パイオニアαβの両機が、共に地球を旅立って8年が過ぎていた。とはいっても、文字通り天文学的単位に支配されるこの広大な宇宙での先の見えない旅は、まだ始まったばかりである。船は太陽系の外に向かって進んでいるのだが、太陽系全体の規模から考えると、まだまだ中心部と言っていい位置にあった。人口がおよそ2500人の隔離された小さな社会は、この数年でようやく落ち着きを見せた感があった。まだ死亡したものはいなかったが、これまでに12人の子供が生まれている。宇宙で生まれたその子供たちの成長過程が、慎重に経過観察がなされていることは言うまでもない。何せ人類始まって以来の経験であるから、この環境が人間の成長に及ぼす影響を細大漏らさず記録し、考察することを求められたからだ。兎にも角にも住人たちは、いろいろな問題点や課題に対処工夫しながら、徐々に新たな社会を形成しつつあった。ここの組織の要職はいずれもまだ初代が受け持っているところであるが、彼らは、後世を担う若い人材の育成にも力を注いでいる。実はここでの最も重要な宿題こそが、人材の発見と、その育成であった。隔絶された小さな集団が100年単位で生き残るには、多くの優秀な人間が必須であることは当然と言えよう。このことはビジター・ショックが公になって以来、ずっと悩まされてきた事案なのである。二機のパイオニア号が地球を旅立って間もなく、地球政府および地球危機対策連合から、とあるミッションが指示されていた。しかし、このミッションは緊急性が無かったので、地上もパイオニア側にも当然のように余裕のない身としては、急かしも急かされもしなかった。そのミッションとは、西暦2019年に地球を旅立った探査機“フロンティア”に関することだった。フロンティアは本来、アメリカが計画した太陽系外を探査する目的の探査機だった。ところが、打ち上げの1年前にビジター危機発覚し、急遽フロンティアはビジター探査に目的を変更された。そしてビジター探査を済ませると、そのまま人類の移住先として最有力候補とされた“リトル・ブラザー”へ向かうこととなったのだ。しかし、その後ノア計画が正式に発動すると、ある問題点が指摘され始めた。それは、フロンティア号の速度の問題っだった。ノア計画の概要が明らかになると、最大80年もあとに出発するノア計画下の探査機や移住船すべてに追い越されることになり、フロンティア号の存在が意味をなさなくなることであった。エンジンを持つ他の機体に対して、エンジンを持たないフロンティア号はレーザー光による非効率な加速手段しかなく、最大にうまくいって毎秒10000㎞に達すれば大成功だと見積もられている。これは最も早い探査機“ホライズン”が目指す最高速度の半分以下の速度でしかない。加速のペースではさらに差が付くものであり、かなり早い段階で追い越されるのは確実とされた。目的地に一番乗りしなければ、その存在意義はほとんどないに等しいだろう。こういう経緯があって、地対連合ではこの問題に対応すべく、細々と検討はされてはいたが、元々はアメリカのミッションであった上に、地対連合そのものにその余裕がなっかたせいで、ほとんど何の進展も見られないまま現在を迎えていたのだ。実はアメリカのNASAも早い段階からその問題点には気づいていたのだが、NASAも事情は同じで、何の方策も打ち出せていなかった。地球からのミッション要請はあらゆる意味で苦肉の策だったようだ。この緊急性のないミッションの打開策の検討に最初に手を付けるきっかけは、パイオニアαβ両機の合同オンライン会議だった。
-151-このアイデアが採用され、現実に走り始めるのに時間はかからなかった。エドワードの話を聞いた翌日には元老院の議題にあげられ、理解を得られると、ロビンソンは数日後の議会でこの件を議題に乗せた。そして短時間で満場一致で可決されると、もうその翌日には行動が開始されていた。エドワードに至っては、アイデアを話したその日から正式決定を待たずして、スケッチを実現すべく設計に取り掛かっていたほどだ。彼らの心理には、何かをせずにはいられない、何かをしていたいという焦りのような心境が隠れているのだろう。この時期を境に、火星コロニーでは次のステージを目指して動き出したようだ。エピローグニューアースでは入植が完了してから、地球の時間単位で101年の年月が過ぎていた。その日、地球の地対連合から重要な情報がもたらされた。10代目代表議長のモーガン・リードは、彼の執務室でホットラインの受話器を取り上げた。「・・大統領、リードです」彼はややかしこまった態度で切り出した。相手は連邦政府大統領である。「モーガン、パイオニアから待望の第一次報告が届いたんだ。ひとまず君には知らせておこうと思って・・」「あ、そうでしたか・・そろそろ来てもいいころだとは思ってましたよ」「我々も待ちわびていたんだ。今後の計画の大きな指標になるからね」「それで、その内容は?」リードは電話越しなのに身を乗り出して受話器に集中した。今は地球と火星が近い位置にあるので、気を付けて十分に間合いを開ければ、会話は案外スムースにできる。「あとでそっちにも転送するけど、とりあえず要点を言うなら、想像以上に有望だということらしい」「・・よかった、絶対にそう願いたいとこらですからね」「私もそう思うよ。それで、まだ結論には至ってないのはもちろんだが、リトル・ブラザーは思った以上に地球の環境に似ている可能性が非常に高いという結果が観測から導き出されたらしい」「・・ということは・・大統領、そちらの計画の方向性が固まったと捉えて差し支えないのでしょうか・・」「そうだね・・これまでの歴代の指導者たちも方向性が見えていなかったし、私自身も結論に至っていなかったけど、どうやらやっと答えが出せそうだよ。今は当初の予定を実行に移すことを考え始めたところなんだ」「それは助かります。我々は最初から計画通りに行くという前提で動いてましたから、後ろ盾ができた思いですね」「まだ100パーセントの結論は出せないけど、届いたデータを有識者に検討してもらって、答えを出すことにしてますから、もう少し待ってください」「わかりました。こっちもデータを検討させます」この会話を契機に、火星では計画に沿った活動が一層加速されたようだ。 -完- 近いうちに続編を始めるつもりです。 少々お待ちください。
-150-そこにはいくつかのトレーラーと、それを曳くトレーラー・ヘッドのスケッチが描かれていた。「ドクからアイデアを聞いて、すぐに思いついて描いてみたんだ」「・・なあ・・このヘッドは、今使ってる奴だろう?」ロビンソンは見覚えのあるシルエットでそれに気が付いた。「そうだよ。あるものは使わなきゃな」エドワードは当然といった様子で言った。「・・だよな・・」「一から作るなんて無駄だろう、時間もかかるし。あれを改造してパワーアップと走破性を上げることで対応できると考えたんだ」「そのままじゃ絶対にパワー不足は間違いないですからね。しかし、パワーを上げるだけでは能力が発揮できないんじゃないかい?」滝沢が疑問を口にした。「わかってる。ドクはタイヤのトラクションが不十分だと言いたいんだろう」「そうだね。坂道になるとタイヤが空転して前に進めなくなると思うな」「僕もそう考えてね、そこでトレーラー側にも動力を積んでやればいいと考えてるんだ」「うん、それはいい。制御はもちろんヘッド側でやるんだろう」「当然さ。設計は任せておいて」「それに加えて“アイアン・バレー”までの距離を余裕で往復できるスタミナも必要ですよ」滝沢の言葉だ。「その点も抜かりはありませんよ」エドワードは自信ありげだった。「とにかく、議会で承認が得られればすぐに作業にかかれるよう、設計準備に取り掛かるつもりだよ」“アイアン・バレー”とは、数年前に発見された鉄の鉱山だった。地球の鉄鉱石の鉱山とは成因も形態も異なり、少なくとも20億年以上前の太古に衝突した隕石がばらまいた鉄が大量に埋まっている地層から直接鉄を掘り出すものである。そこはここニューアースから250キロほど南半球側に下った場所の谷底だった。鉄の発見は、将来の計画にとって大きな追い風となるものだから、なるべく早く活用したいところだったが、物理的な面で難しく、その目途は未だ立っていなかった。このアイデアが現実化されれば、大きく前進するだろう。
-149-ここ火星コロニーでは、政治的な活動には、慎重にも慎重を重ねられていた。それには大きな理由がある。この閉じられて狭く小さな社会において、全体が間違った方向に進まないための必要不可欠な方策だった。間違った方向に進むきっかけの一つが、権力の集中であると認識されていたから、そうならないための慎重さだった。正しい人物やグループに集中する限り、問題はおきないであろう。しかし、いつの日か、そうでない人物や集団が実権を握るようなことになれば、コロニー社会全体が方向性を見失うことに直結するといっても過言ではないのだ。したがって、不必要な権力集中が起きないよう配慮された組織形態が採用されるに至り、特定の人物やグループに恣意的な行動を許さないよう工夫されているのだ。そもそもがここでは人口が少ないために、特定の思想なり考えなりが、加速度的に蔓延しやすいから、それが間違ったものであれば、そこから悲劇につながることはあり得ると考えられていた。然るに、そういった事態を避ける体制を敷くことが、未来の不本意な結果を遠ざける最も有効な手段であるのだ。ロビンソン代表議長の今後の計画概要の提案は、元老院の意見による修正を加えた後、議会に発議され、慎重に審議された。その議会は、住民300名程度の小グループを1ブロックとした10ブロックから、それぞれの代表を1名選んだ10名の議員からなる。議題等の評決は、議員の10票に元老院の総意としての1票を加えた11票での多数決で成否が決まる仕組みだ。但し、元老院全員の半数以上の承認と、地対連合の賛同が得られれば、代表議長は議会の決定に拒否権が発動できるとされている。そして審議の結果、彼の計画案は全会一致で承認され、直ちに行動が開始されることとなった。ロビンソンはエドワードのラボを訪れた。そこには滝沢も来ていた。二人はPCのモニターを前に話し込んでいる。「やあ、ポール、やっと来たね」「遅くなって、すまない」「ポール、君の関心は資源開発用のローバーだったよね」エドワードが訊いた。「うん、それが最も重要だな」「いろいろ考えていたんだけど、ドクがいいアイデアを出してくれたんだ。ね、説明してやってよ」エドワードが滝沢を促した。「わかった。ポール、元の計画では、資源開発用の車両はそれぞれ用途別に個別に開発するような図式になってただろう?」「・・ええ・・確かに・・そうでしたね」「よく考えたら、それでは無駄が多いと思えたんだ。それで、トレーラーとして開発して、それを引っ張る高性能なトレーラー・ヘッドを造った方が無駄もなく、いろんな可能性も広がると思うんだけど、どうだい?」「・・なるほど・・それはありですね。今でも重機を運ぶトレーラーもありますし、整備なんかもやりやすいって聞いてる‥」「そう思うだろう。僕もそれを聞いた時、行けるって思って、すぐにいろいろ考えてみたんだ」エドワードは言いながら、目の前のモニターをロビンソンに向けた。
-148-「とにかく、我々は可能性がある限り、それを目標に設定することは間違いではないということでしょう」滝沢が力説した。「・・そうだな・・やっぱりドクが正しいか・・」アイルズも納得せざるを得ない。「納得いただけたなら、今後の計画の概要について改めて意見を頂戴したいと思います」ロビンソンがこの会合の本来の目的を切り出した。「ええ、いいわ」ラインハルトが同調すると、他の者も頷いた。「それでは、皆さんにお聞きしたいのですが、計画の遂行に当たって優先すべき項目について意見をいただきたいのです」「待ってくれ。俺たちの考えの前に、代表議長としてのお前の考えはどうなんだい。俺たち元老院はあくまでオブザーバーだから、まずは議会が主体となって案を示すべきだろう。こっちはそれに対して意見なり、アドバイスなりをするのが筋だと思うぞ」アイルズはそう言うと、他のメンバーに同調を求めるようにそれぞれの顔を見回した。「・・うん、私もそうもうわ。わたしたちの考えから議論に入っていくと、元老院が主体となって結論を出したように見えてしまうから、それは避けるべきかも・・」ラインハルトもその危険性に気が付いたようだった。「確かに正論だね。今すぐには恐らく問題になることはないだろうけど、ここで一線を曳くことを怠ると、将来的に悪しき慣習として根付いてしまい、未来に禍根を残す恐れもあるかもね」ギブソンもその弊害に気が付いた。「つまり、二重権限の発生要因になりうるわけですね。その結果、何を決めるにしても、的確かつ素早い判断が示せなくなることだって考えられlます」滝沢には地球でのそう古くない時代の政治的混乱の歴史を連想させた。「大げさかもしれないが、将来、権力が私物化されないとも限らないからな。歴史は繰り返すっていうだろう」アイルズはそう言ってにやりと笑った。「・・そうですか・・言われればそうかもしれません。わかりました・・ならば、私の考える構想から話してみましょう」ロビンソンは元老院の思わぬ反応に戸惑ったが、彼らの言い分に納得がいくと、自らの考えを話すことにした。「ああ、そうしてくれ。この原則は今だけでなく、この先もずっと決まり事として守っていかなきゃならないな」アイルズは満足げに頷いた。「ポール。この件だけじゃないが、いろいろな決まりごとは議会の同意を得たうえで、成文化することが必要になりそうだな」滝沢が言った。「ええ、そのようで・・」「とにかくこういった政治的な取り決めのルールを、早いうちに決めましょう」ラインハルトに異論はなかった。そろそろこの火星でも、ここならではの法律を考える時期に来ているようだ。
-147-「では、意見の一致を見たところで、これからのプランの大まかな骨格を考えたいのですが、何か言うことがあれば・・」ロビンソンは一同を見渡した。「最も重要なのは、出発時期をある程度明確にしておくことを上げたいですね」滝沢がすかさず声を上げた。「・・だけど、現時点では想像もつかないんじゃないか。何一つそれを決められるような状況ではないと思うが・・」アイルズがその意見に疑問を呈した。「ええ、もちろんその通りですが、そこをあえて特定してやれば、住民のモチベーションも上がりますし、何よりも精神衛生上において多大なメリットがあると考えます」「確かにそうかもしれないわ。目標ができることで気持ちの持ちようが違ってくるものよ・・それで、何を根拠にそれを決めるの?」ラインハルトが訊いた。「出発が決定できる最も早いケースを想定して、それに合わせたらいいんじゃないか」ギブソンがそれに答えた。「大佐の言う通りです。それならば出発時期が思いのほか早くやって来ても、いざそうなったときに我々の準備が整っていないなんていう事態が避けられることは大きなメリットになると思います」「その危惧はわかりますよ。我々には資源も機材も人員人材も圧倒的に足りていませんから、物事を一気に進めるということが物理的にできないという事情を抱えているからね。我々がミッションの足を引っ張ることは、できれば避けたいからね」ギブソンも懸念を訴えた。「問題はわかったよ。それで、その時期を具体的にはいつに設定するんだい?」再びアイルズが尋ねた。「さて、そこですが・・・この件では地球暦を使う方が都合がいいのでそっちを使いますが・・向こうではコロニーの建造が再開されて10年ほどが過ぎました。当然前回よりも諸条件が悪いですから、今のところ明らかにペースは遅いようです。しかし、バベル・タワーも3基とも無事でしたし、経験とノウハウもありますから、そう遠くない将来には前回のペースに追いつくだろうと予想します。したがって最短では100年を目処にしていいんじゃないかと考えます」滝沢はそう言い切ると、他のメンバーの反応を気にした。「向こうでも同じ見通しなのかしら?」ラインハルトがもっともな質問をした。「ええ、多分同じような見方をしているようです。但し、不確定要素が多いことから明言は避けていると聞いています」「じゃあ、公式発表みたいなことはされないのね」「当分はそうでしょうね。彼らにしても下手なことは言えませんから。それに先行調査に向かっている“パイオニア”からの移住の見通しについてのポジティブな報告が来ないことには、動くに動けないわけですから、発表する必要性も無いと考えているのでしょう」「そりゃそうだ。僕らに意味はあっても、地球の連中にはあまり意味がないことだね」ギブソンも納得顔で頷いている。
-146-「いえ、それがそうとも言えないんですよ。どういうことかといいますと、地球に残るのではなく、人工惑星に移住しようというものなんです」ロビンソンはそんな疑問も予想していたようだった。「・・人工惑星だって?」「聞くところによると、建造する“ノア”を、そのまま惑星軌道に乗せるというだけなんですから、特別なことは無いと言えばないのですが・・」「・・なるほど・・それはそれでありかもしれないけど、永久的になることを考えれば、難しい気がするな・・」アイルズは理解しつつもやや懐疑的だ。「グレッグの疑問はわかりますよ。ひとつは資源確保が難しいのが致命的でしょう。未来永劫どころか、そう遠くない未来に破綻する可能性は大きいと思います。それに、住民の精神面でのダメージが問題になりますよ。終わりの見えないコロニーでの生活は必ず精神を蝕むのは確実です」ロビンソンが問題点を指摘した。「そうね。太陽系を脱出して新天地を目指すなら、未来の見通しが見えない点は同じでしょうけど、いつか再び大地に足をつける日が来ると思えば、メンタルの持ちようが当然違ってくるから、時間が経つほど違いが出てくるように思えるな」ラインハルトも否定的にとらえているようだ。「やはり、その点は向こうでも指摘されたそうですが、肯定派はコロニーを随時拡大していき、資源は地球から補給すればいいと主張しているようです。しかし、メンタル面のダメージは空間の拡張程度で緩和されるのか疑問ですよ」「・・しかし、選択肢の一つとして、その考えはあってもいいんじゃないかな。ノア建造の見通しが今一つ見えてこない現状では、一つの案としての想定はむしろ必要だと思う」黙って聞いていたギブソンがおもむろに反論的な意見を口にした。「・・うーん・・それも一理あるかなぁ。大佐が言う通り先が見えない今、何かの理由で物理的に太陽系脱出をあきらめなければならない事態だって起こり得る訳だし、ここは両面作戦で行くのが正解かもしれんな」アイルズは自説を少し修正したようだ。「ま、とにかくあっちの成り行きを見守るしかないでしょう。我々はどっちでも行けるよう淡々と準備を進めるだけですね」ギブソンが結論的に言った。「そうね、どちらにしても、私たちのやることはあまり変わりがないから、向こうの成り行きを見守りつつ、準備だけは進めましょう」「但し、その議論には我々も参加させてもらうべきですね」各々がそれに頷いた。元老院としての考えは概ね固まったようだ。結論がどう転ぼうと、地球残留組との合流が絶対条件とされるからには、そこまでの作業に違いはほとんどない。つまり、火星を再び離れ、同じく地球を後にした船に拾ってもらってから後の話であるからだ。
-145-「皆さん、お待たせしました」ロビンソンは居住区Aブロックのサブコンに入ると、その顔触れに一礼した。彼を待っていたのは元老院のメンバーだった。今やほとんど使われることのない居住区内に設けられたサブコンことサブ・コントロール室に集まって、ロビンソン代表議長を待っていたのだ。年齢を重ね、居住区に籠ることの多い元老院のメンバーとの会合は、大抵がここで行われている。「構わないわよ。わたしたちは暇だもの」ラインハルトがそう言って笑みを浮かべた。「何か問題でも起こったのかね」アイルズが訊いた。「いえ、そういうわけでは・・・すべてが至って順調ですよ」ロビンソンは事も無げに否定した。「だとすると、今後のことについてだね」滝沢が見透かしたように言った。「まあ、そういうことです。そろそろ具体的に行動に移るべき時期が来たのではないかと考えまして、お集まりいただいたのです」「なるほど。そこで俺たちのアドバイスが欲しいわけだな。確かにこの先の具体的な計画は無いに等しいからなぁ」アイルズは改めて現実を思い返した。他の者も思いは同じであろう。「まさにその通りでして、だからこそ、現状に見合った計画を立てることから始めようと思うのです」「あなたの言う通りだわ。いろいろと状況も変化してるわけだし、これからも想定自体が大きく変わることもあり得るわけで、それこそ地球側の事情や状況も考慮して判断しなきゃならないわよ」「そうそう、その地球の方だけど、あっちじゃ計画の全体を見直そうとの意見が噴出しているらしいぞ」ギブソンが仕入れていた情報を思い出した。「ご存知でしたか。実はそうなんですよ。成り行きによっては我々が想定している青写真とは、かなり違ったものになる可能性がでてきたからこそ、それを念頭に置いた計画の大筋を決めなければと思っております」「・・それで、どういう主張がされてるんだい?」アイルズが興味をむき出しで訊いた。「簡単に言えば、太陽系脱出という既定路線に、太陽系残留という意見が勢力を増してきて、今や勢力が二分されたような状態らしいんです」「確か、そういう意見は少数ながら以前からあったよな。だけど、そんなの無理な話じゃないのか。環境がここよりも厳しくなるってのにな」「短期的にはともかく、長期的にはほとんどの生物が外では生きていけないような環境になるんだろう?・・絶対に無理だと思うな」ギブソンにも理解し難い話だった。「大佐の言うとおりね。そんな選択肢はないと思ってたけど・・」ラインハルトも疑問だったが、何か手があるのかもとも思った。
-144-ここ“ニューアース”で生まれた生まれた子供もすでに100人を超えており、亡くなった人を差し引いても人口は100人以上増えていた。コロニー人口の上限は今のところ3500人と見積もられており、余裕はあと900人弱となる。このままいけば将来的には産児制限も必要となるかもしれない。この辺りの事情は、資源開発と食料供給量によって左右されるだろう。つまり、人間が無理なく養えるであろうキャパシティーの拡大ができるかどうかがカギを握っているのだ。さらに言えば、ここの住人にとっての最終目標は、彼らとは別に地球を脱出し、太陽系の外に新天地を求めて旅立った人々との合流であるから、その時に備えて必要以上の人口増加は望ましくないという一面もある。ただ、その合流のために火星を後にするのがいつになるか、50年後なのか、或いは1000年後なのか、それは誰にも分らない。住人たちはその準備をしながら、時を待つだけである。ポール・ロビンソンが代表議長に就任して3年目に突入していた。前任のアンネ・ラインハルト初代議長が務めを果たしたということで引退を表明したことから、火星で初めて選挙で選ばれたのがロビンソンだった。彼の“代表”としての課題は、コロニーの安定した運営に尽きるかもしれない。安全に、不足なくインフラを整え、糧を供給することが最も求められることになるだろう。だが、根本の目標としての太陽系脱出がある限り、その意思を後世に引き継ぐためにも、後進の教育育成の方針を強く打ち出し、実行するという義務もあった。その彼をサポートするのが世代交代した元幹部から構成される元老院の存在である。現在4人いるそのメンバーは、前代表のラインハルト、元レッドプラネット号艦長のグレゴリー・アイルズ、それに滝沢博士とギブソン大佐だ。彼らはいわばロビンソンの知恵袋といったポジションであり、政治的にはシンクタンクの立場となる。当然何の権限も持たされてはいなかった。元老院の役割は、アドバイスやレクチャーで代表議長や議会に貢献することで、このコロニーの頭脳としての役割を果たすことが期待されている。
-143-火星暦14年11月コロニーではあたりまえの日常が、もう違和感なく定着していた。地上に降りた翌年、この地を“ニューアース”と正式に命名された。そして今年、入植10周年を迎え、先日記念式典も開催された。但し、10年といっても火星暦であるから、地球の暦でいうならおよそ17年が経っている。この10年でコロニーは大いにその完成度を高め、ずいぶんと様変わりもしていた。最も変わったのが、あの回転する居住区である。その周囲360度に高い壁が築かれ、その上には居住区全体を覆うようにドーム状の屋根が被せられて、砂嵐やダストデビルから守った。その西側から南側にかけた隣接地には地面を掘って、その上面にガラス製の屋根を張った“農場”が多数建設され、今もその数を増やしつつあった。それは直径が25メートルの円形をしており、内部は二酸化炭素濃度の高いエアで与圧されている。室温も栽培種によって最適な温度に保たれ、コロニーの食料生産に欠かせない役割を担っている。夜や嵐が近づくと、天井部はカーボン・パネルでカバーされる仕組みだ。これは居住区を地上に降ろすときに使った、機体下部に張られていたあのパネルを再利用したものだ。コロニーの運営や建設等に欠かせない資材類を生産する工場も、徐々に拡充されてきていた。中でも需要の多い鉄やガラスの生産は年々増強され、そのためにも資源開発には積極的な姿勢で臨まれていた。ガラスの材料は岩石から得られ容易に確保できたが、鉄に関しては当初、隕石として地上に落ちてきた隕鉄を探して利用していたが、当然のように量は限られており、貴重品だったが、5年前にかなりの規模の鉄鉱床が発見されてから、鉄の生産は飛躍的に増大されていた。この鉄鉱床は鉄の含有量が極めて高いため、太陽系成立後の比較的後期の段階での微惑星の衝突によってもたらされた、その微惑星由来の鉄ではないかとの見方が有力であった。地球のものとの最大の違いは、鉄がほとんど酸化されていないことから、精製が容易であることが大きかった。とにかく地球で見られる鉄鉱石からなる鉄鉱床とは、その成因も由来も、また桁違いの含有量もまるで違うものである。しかし、鉄にしろ、ガラスにしろ、その製造には高温が必須であるが、ここでそれを得るのは簡単ではない。単純に何かを燃やせば済む問題ではないのだ。ここで使うのはもっぱら電気炉である。そのために、早い段階から発電システムの充実は積極的に進められていた。その中心はもちろん原子力だが、今後は同じ原子力でも資源確保が容易な小型核融合炉の実用化を目指すことになっている。理論はわかっているし、必要な資材もそろえてあるし、実際“リトルブラザー”を目指しているノアの3機には搭載されている。ノウハウもある程度までは手に入れているから、それをここで通用するようアレンジは必要である。最大の課題は更なる小型化だった。今後、あと5年で稼働を目指す。