さて、少々退屈な素人テニスネタで2回やり過ごしてしまったが、今回は少し本題に触れることにしよう。
このブログはそもそも私の好きなカーメーカーであるランドローバーについて自分の体験をベースに綴って行こうと思い立ったのだが、実は私はそれほど何台ものランドローバーを乗り継いだ訳でも無い。今更であるが、その点は断っておきたい(^_^;) そうしないと何十年も何台ものランドローバーを乗り継いだ来られた諸先輩(?)方に大変失礼だと思うからである。
ということで、私のランドローバーとの出会いから少しお話ししようと思う。
私は免許を取ってからずっと20年もの間国産しか乗ってこなかった。これは一重に大人になってから車に対してそこまでの拘りがなかったかもしれない。でもよくよく考えると輸入車やそれらを扱う業界への様々な意味での品質への疑念が強くあったからかもしれない。ディーラーは高飛車、車はすぐに壊れる、工賃も部品も高い、所詮金持ちの道楽の一つに過ぎないと。ただ、正直にいうと自分の中には常に輸入車への憧れがあったのは事実である。
自分はいわゆるスーパーカー世代で、場所はハッキリとは覚えていないが確か晴海で年に一回開かれていたスーパーカーショーなるものに父に連れられ毎年のようにカメラ片手に通っていた。
実は父は普通のサラリーマンであったがホンダの車の開発に関わる仕事に一時携わっていたこともあり、何とA級ライセンス保有者だった。父の車の遍歴を見るといわゆる2シータースポーツカーが多く、自分は2人目の子供であったにも拘らず、その当時の写真を見るとやはりスポーツカーが傍に写っていた。
そういう遺伝子上の影響?もあってか私も車には子供の頃から強い興味を持っていた。ただ普通の子供とちょっと違う興味だったのかもしれない。というのは、友人たちはスーパーカーの魅力はそのデザインやその最高スピードに感じていたようだが、私はどちらかというとその中身、例えば、エンジンやミッションに大きな魅力を感じていた。なのでスーパーカーショーに行った時の写真を見返して見ると外観ももちろんあるが、それにも増してエンジンルーム内や展示車の各々の諸元説明パネルなどの写真がやたらと多い。少々厄介な子供だったのかもしれない。
血は争えん。。。と妙に納得してしまう。
前置きがやたらと長くなってしまったが、そうした眠っていた本性が目覚めたのが20年ほど前。その当時は石油会社でいわゆるサービスステーションに石油製品、分かりやすく言うと、ガソリン、軽油、灯油、オイル類など卸すセールスであったこともあり、会社の手厚い補助を受け、自家用車で仕事をしていた。ところが本社へ異動することになり、当然のことながら車への補助が無くなり、それが一つのきっかけとなり、初めての輸入車のオーナーという道を歩き始めた。話は逸れるが、これは単なる私の偏見や勘違いかもしれないが、この”オーナー”という言葉にはなんとなくステータスを感じてしまうのは私だけであろうか??”国産車のオーナー”というフレーズはあまり聞かないが”輸入車のオーナー”といフレーズはよく耳にする。どうでも良い話であるが…
先ほど会社の手厚い補助ということに触れたが、その手厚い補助を享受するには当然のことながら様々な制約がある。例えば、”排気量2000CCまでのセダンで華美な車“でないことやエアバッグやABS、更にはフォグランプが付いていること、などなど。私の会社が外資系らしいな…と思ったのは、その制限の中に”リアフォランブ“が付いていることという項目を見た時だ。日本の‘華美で無いセダン“に誰がリアフォランブを求めるのか??そもそももそのようなオプション自体の設定がない。その時私は、「あ、自分はアメリカの会社に勤めてるんだな…」と変に納得したのを今でもハッキリと覚えている。
蛇足が多すぎて中々ランドローバーまで辿り着かないので今回はここまでにする。
毎回期待を裏切るのが私の独り言プログなので許して欲しい(^_^;)