日本丸は戦後、和の精神に基づく家族的経営にて、稀に見る強い組織を醸成し、発展して来た。人間は他人の為に働く時こそ、最大の力を発揮出来るというのが真理であり、家族的経営は理に適っていたと言えよう。
しかし、小泉政権時代に、米式の優勝劣敗スキームを導入したことで、組織は瓦解し、日本は臍を失ってしまった。
組織に闇雲に優勝劣敗を導入すると、やることもやらずに功名心にはやる輩が横行する一方、場合によっては、自分のポジションを脅かす優秀な人材を疎んじ、足の引っ張り合いが横行する。
日本には儒教の歪んだ解釈なのか、立派でありたい即ち、他人に優越感を持ちたいが故に、他人の粗探しをするといったメンタリティが元々蔓延っている。
困ったことに、優勝劣敗式マネジメントはそんなメンタリティと悪い意味で相性が良いのである。
尚、私は小規模ながら、米国企業の経営を担っているが、米人には所謂加点主義が文化として根付いており、日本と比較すれば優勝劣敗式マネジメントとの親和性が高いという印象がある。とはいえ、その米国でさえ、優勝劣敗が富の偏在を産み、それが治安悪化等との大きな社会的コストになっていることも指摘したい。
ところで、本来の儒教は、他人の賞賛を求めるものではなく、自分の内在神に恥じない生き方をすることを説いている筈である。世界から一目を置かれている「武士道」とは本来の儒教に根ざした思想・哲学そして人生観であった。仕事で縁のあるトム・クルーズ氏にお会いすると、ラストサムライの製作に臨むに当たり、3年間毎日武士道を猛勉強し、大変な感銘を受けた一方、日本人にはこの映画を通じてそれを思い出して欲しかったのだと繰り返す。
震災を機に、日本はリーダー層が腐敗し、ろくに機能していないことが露呈した。また、国民の中にもこの期に及んでも、知らぬが仏とばかりに政治的無関心を決め込む姿も少なからず見受けられる。
永田町が政局に明け暮れていることを批判する向きもあるが、日本はここで変わることが出来ないと、増水した川に飛び込むヌーの群れになりかねない。
しかし、小泉政権時代に、米式の優勝劣敗スキームを導入したことで、組織は瓦解し、日本は臍を失ってしまった。
組織に闇雲に優勝劣敗を導入すると、やることもやらずに功名心にはやる輩が横行する一方、場合によっては、自分のポジションを脅かす優秀な人材を疎んじ、足の引っ張り合いが横行する。
日本には儒教の歪んだ解釈なのか、立派でありたい即ち、他人に優越感を持ちたいが故に、他人の粗探しをするといったメンタリティが元々蔓延っている。
困ったことに、優勝劣敗式マネジメントはそんなメンタリティと悪い意味で相性が良いのである。
尚、私は小規模ながら、米国企業の経営を担っているが、米人には所謂加点主義が文化として根付いており、日本と比較すれば優勝劣敗式マネジメントとの親和性が高いという印象がある。とはいえ、その米国でさえ、優勝劣敗が富の偏在を産み、それが治安悪化等との大きな社会的コストになっていることも指摘したい。
ところで、本来の儒教は、他人の賞賛を求めるものではなく、自分の内在神に恥じない生き方をすることを説いている筈である。世界から一目を置かれている「武士道」とは本来の儒教に根ざした思想・哲学そして人生観であった。仕事で縁のあるトム・クルーズ氏にお会いすると、ラストサムライの製作に臨むに当たり、3年間毎日武士道を猛勉強し、大変な感銘を受けた一方、日本人にはこの映画を通じてそれを思い出して欲しかったのだと繰り返す。
震災を機に、日本はリーダー層が腐敗し、ろくに機能していないことが露呈した。また、国民の中にもこの期に及んでも、知らぬが仏とばかりに政治的無関心を決め込む姿も少なからず見受けられる。
永田町が政局に明け暮れていることを批判する向きもあるが、日本はここで変わることが出来ないと、増水した川に飛び込むヌーの群れになりかねない。