今日は、沖縄が本土復帰して40年。
あっという間というべきか、まだまだ40年というべきか。
私の産まれた年は、まだ復帰前で母子手帳も「琉球政府」発行の物。
物心ついた頃、自分の母子手帳をみて
「沖縄県じゃないんだ!」
と、愕然とした事も。
wikiに少し記載があったかな?
http://ja.wikipedia.org/wiki/琉球住民
復帰後も、しばらくアメリカと同じ右側通行で
左側通行に変わったのは、1978年の7月30日の朝6時だった。
その時は、まだまだ子供だったので、当時の大人達の苦労は分からないけど
左側通行に変わる瞬間を母達と一緒に
58号線にかかる陸橋の上から見ていた事はもの凄く記憶に残っている。
沖縄で育った時間より、上京してからの時間の方が長くなってしまったけれど
観光で上京するのとは違う、
住んでいるからこそ感じる違いは沢山あったし、
今でも、上京した頃と同じように感じる事も、
その頃とは、かなり変わった事も色々あるけれど。
解決するには大変な労力や、意識改革や時代の変化を取り入れて
お互いに変化していかなくてはならない事が山積みな事は変わりない。
でも、個人に対する風向きは、
安室ちゃんが活躍しだした頃から、
20年程前には当たり前のようにあった偏見は減ったかな?
「沖縄出身」というだけで
それまでの事を全て忘れたように
(欠席/欠勤/遅刻が、全く無い者に対しても)
「沖縄の人は、時間を守らないし、仕事より些細な家族の事が優先で困るよ」
という意味の言葉を、何人にもいわれる事は無くなったかな。
同じ学生寮の子に、
「日本語上手だね」
っていわれた時は、目が点になったっけ。
亡くなった祖母から少しだけ聞く事の出来た
戦争中の地上戦まっただ中の沖縄の事。
民間人も収容所で管理されていた事。
子供だった両親の子供時代の事。
既に、遠い昔の話になりつつあって
血がつながっている自分でさえ、教科書の1ページにしか感じない事も沢山あるし
自分が実際に見てきた事さえも、教科書の中の1行にもならない事だったりするけど
そこには、沢山の思いがあって。
そういうモノを紐解いて、次の段階に進めるには
お互いが納得できる答えなんて無いのかもしれない。
特に大きな組織としての形を保つ為の色々なしがらみがある者達にとっては。
でも、
人は流れる時間とともに、先に進んでいく事しか出来ないのだから
せめて、
個々の人としての尊厳が平等だと信じられる程度には、
どこで産まれて育ったとしても、
個々の性質や目指している事が、
偏見によって潰される事無く、故意に陥れられる事無く、
それぞれの意見を公平に交わせる時代になる事を願って
前を向いて行けるように願うばかりです。
そして、
自分自身もバージョンアップしていかないとね。
あっという間というべきか、まだまだ40年というべきか。
私の産まれた年は、まだ復帰前で母子手帳も「琉球政府」発行の物。
物心ついた頃、自分の母子手帳をみて
「沖縄県じゃないんだ!」
と、愕然とした事も。
wikiに少し記載があったかな?
http://ja.wikipedia.org/wiki/琉球住民
復帰後も、しばらくアメリカと同じ右側通行で
左側通行に変わったのは、1978年の7月30日の朝6時だった。
その時は、まだまだ子供だったので、当時の大人達の苦労は分からないけど
左側通行に変わる瞬間を母達と一緒に
58号線にかかる陸橋の上から見ていた事はもの凄く記憶に残っている。
沖縄で育った時間より、上京してからの時間の方が長くなってしまったけれど
観光で上京するのとは違う、
住んでいるからこそ感じる違いは沢山あったし、
今でも、上京した頃と同じように感じる事も、
その頃とは、かなり変わった事も色々あるけれど。
解決するには大変な労力や、意識改革や時代の変化を取り入れて
お互いに変化していかなくてはならない事が山積みな事は変わりない。
でも、個人に対する風向きは、
安室ちゃんが活躍しだした頃から、
20年程前には当たり前のようにあった偏見は減ったかな?
「沖縄出身」というだけで
それまでの事を全て忘れたように
(欠席/欠勤/遅刻が、全く無い者に対しても)
「沖縄の人は、時間を守らないし、仕事より些細な家族の事が優先で困るよ」
という意味の言葉を、何人にもいわれる事は無くなったかな。
同じ学生寮の子に、
「日本語上手だね」
っていわれた時は、目が点になったっけ。
亡くなった祖母から少しだけ聞く事の出来た
戦争中の地上戦まっただ中の沖縄の事。
民間人も収容所で管理されていた事。
子供だった両親の子供時代の事。
既に、遠い昔の話になりつつあって
血がつながっている自分でさえ、教科書の1ページにしか感じない事も沢山あるし
自分が実際に見てきた事さえも、教科書の中の1行にもならない事だったりするけど
そこには、沢山の思いがあって。
そういうモノを紐解いて、次の段階に進めるには
お互いが納得できる答えなんて無いのかもしれない。
特に大きな組織としての形を保つ為の色々なしがらみがある者達にとっては。
でも、
人は流れる時間とともに、先に進んでいく事しか出来ないのだから
せめて、
個々の人としての尊厳が平等だと信じられる程度には、
どこで産まれて育ったとしても、
個々の性質や目指している事が、
偏見によって潰される事無く、故意に陥れられる事無く、
それぞれの意見を公平に交わせる時代になる事を願って
前を向いて行けるように願うばかりです。
そして、
自分自身もバージョンアップしていかないとね。







ははは























