勤務医を退職し、
夫と小さなクリニックを立ち上げクリニック用のInstagramアカウントを新設し、
私個人のアカウントもdr.mika_yobouという名前で新しく立ち上げた。


これまでも、
自分がもがいてきたこと、その中で感じたこと、信念のようなものは、Facebookやブログには気の向くまま綴ってきたが、
InstagramやX,threadsについてはどうもありのままではいかなかった。

もっとなんかこう、「すごい人」と思われなくては。という焦りがあった。


いつどこで刷り込まれたのか、
ペルソナを意識して、統一感を出して、投稿はできれば毎日、プロフィールはわかりやすくキャッチーに!
なんていう、誰が決めたのかもわからない謎ルールに縛られ、「魅せる」ことを意識しすぎて自由にできなかった。
そんな自分の発信は、自分を偽っているようで気持ちが悪かった。





そんな風に、「何者か」であることを魅せようとした発信の裏には、
「こんな私にも価値があると、誰か認めてくれ!!」という壮大な承認欲求と無価値観が、私の無意識に潜んでいたからだ。

私の価値を私自身が認められず、その不安を他の誰かに評価されることで満たそうとしていた。

ずっとずっと、間違った場所に愛を探していたのだ。


これまでも何度か書いているが、
医学部入学後から摂食障害を発症し、学業もままならなくなった。そこから休学と復学を繰り返す日々が始まり、いわゆる王道からはどんどん外れていった。

同級生が当たり前に進学していくのを次々と見送り、気付けば在学10年。
どんどん自信を失い、かつては満ち溢れていた自分への信頼感も完全に失っていった。笑い方も忘れた。


医者になっても、そんな状態で命に関わる仕事をこなすのは想像以上に大変だった。
常に判断を求められる仕事。
でも自分への信頼を失っているので、自分の判断を信じることができないのだ。

こんな私がした決断で、患者さんに不利益を及ぼしてしまったら?と一つひとつがとてつもない恐怖を伴い、少しのずれも許すことができず、日々消耗していった。


当然摂食障害は悪化の一途を辿りやがて肉体を蝕み始め、当直や呼び出しなどの激務はこなせない身体になっていった。


そうして医者として病院では働けなくなった私は、完全に、自分の価値を見失った。

そしてその失った価値を再度手に入れようと、必死にSNS発信に取り組むに至ったのだと思う。
(改めて書くと恥ずかしい。)


本来、何の仕事をしているかなんて、その人の人間の価値には一切関係がないし、
わたしという人間を語るうえでせいぜい1%くらいを占めるに過ぎないのに、

挫折を繰り返しているうちに執着が強まり、いつのまにか「医者であること」が私の価値を保証してくれる唯一のものと思い込み、それを失った私は生きていけない、とまで思うようなっていたのだ。
(そう考えるに至るには、生育環境など他にも因子があるのだが、それはまた別の機会に。)



こう書くととてつもなく極端な話に聞こえるが、
気付かずに同じような状態になっている人は、案外多い。
(本人はうっすら気付いている場合も、全く気付いていない場合もある。) 


そういう人は声高にキラキラ発信を続け、地位や名誉を誇張し、それがまた、無価値観を抱える人たちの不安を煽る(そして高額のコンサルやコーチング、起業塾が売れる)、の無限ループ。

みんな間違った場所に愛を探している。


紆余曲折を経て、幸い私は私への絶対的な信頼感と自信を取り戻すことができた。


私が私の価値を知っているので、もうこれ以上、誰かに自分の価値を証明する必要も、認めてもらう必要も、ないのだ。


と、いうことで、SNS発信をやめることにした。
正確にいうと、誰かのためになろう!とする気持ちの悪い発信を、やめることにした。

これからは、ありのまま生きる私の記録のためのツールとして使おうと思う。



20年近く続いた漠然とした不安からは完全に解放され、本来の力強い自分に戻ったような不思議な感覚。
おかえり、私。


ここに至るまで、本当に長かった!


病気は本当に辛かったけど、
私が私の価値を心から認められるようになるために、すべて必要な過程だったのだと今は思う。


もうすぐ41歳。

ここに至るまで、そばにいてくれた家族、関わってくれた素敵な方たちが、私の周りにはたくさんいた。なによりの宝物である。

それらに感謝して、これからの人生をさらに伸びやかに楽しんでいきたいと思います🕊️