はじめて
『レジェンド&バタフライ』を観た日、
「信長殿が、人間臭くて
とても とてもよかった。」という想いでした。
きょう観た信長殿は
その想いを
強くさせてくれる信長殿でした。
これまで
わたしが知っていた信長殿は
「怒っているか 笑っているか」。
とにかく激流のように
「動くひと」だった。
『レジェンド&バタフライ』の
信長殿は
すごくすごく苦しそうで
とてもとても悲しそうだった。
いままで見たことがない、
あたらしい信長殿でした。
物語のはじめから ずっと
信長殿は、
人間臭く描かれていました。
浅井殿の裏切り、
多くの家臣の死によって
壊れはじめ、
『比叡山 延暦寺』で
完全に壊れてしまった。
歴史的には
信長殿が、
「比叡山延暦寺を焼き討ちした事件」。
だけど
この作品を観た、きょうの私には
そう見えたのです。
今回、
二回め 三回めの鑑賞だったので
人物と、発せられる言葉だけでなく
室内や
霧がかかった林を抜けた先の海の美しさを
感じ、
そして
「さまざまな視点から
『本能寺の変』を捉えること」が
できました。
饗応役の明智殿を
蹴り飛ばし、殴り続けた後
信長殿の目から
涙が溢れ落ちそうだった。
この作品では、
『その、「人のこころ」を
取り戻してしまった信長殿に
気づいてしまった明智殿』が
『本能寺の変』の起点になっていました。
『本能寺の変』は
それに至るまでの経緯が
謎に包まれているから
『乱』ではなく、
『変』として伝えられてきたのだから
解釈の視点が
さまざま有ったほうがいい、と
思いました。
解釈の視点、で言えば
何よりも
まず
「信長殿と濃姫が
『対等なソウルメイト』として描かれている」ことが
とてもとても、あたらしかった。
あたらしくて、おもしろかったです。
だから
物語の前半は
すごく楽しかった。
京の、あの市場で
スペイン人の人たちと
一緒にダンスするシーンまでは。
濃姫が居なくなって
信長殿が
「敵を殺し、城作り、京に討ち入る」
「何のためじゃ?」と
問うたとき、
蘭丸が
「天下布武のためにござります」と
答えていたけれど
私は、
「口が悪くて、気も強い
『対等なソウルメイト』(濃姫)が
言葉にしなくても
「貴方が誇らしい」という顔で
出迎えてくれるため、だったように
感じました。
「桶狭間の戦い」に勝ち、
「次は美濃を取り戻す。」
そう言って 信長殿が勝鬨を上げた、
あのときの
濃姫の顔を
何度も 何時でも
見たかったのではないだろうか、と
思いました。
濃姫も
『対等なソウルメイト』としての
意識があったと思います。
だから
離縁するとき、信長殿に
「良き夫を得て、幸せに暮らせ」と
言われて
悲しかったと思う。
「私が、そういう人生を望むような
おなごではない」と
この方(信長殿)だけは
分かってくれている、と
信じていたと思うので。
・・安土城に『かえる』
そういう物語で
本当によかった。
濃姫は
信長殿に
「ずっと好かれていた」と
思いました。
濃姫が
日常を過ごす部屋、
悲しい出来事があって
信長殿と言い合いになった部屋。
そのお部屋の襖絵が
濃姫の
お輿入れの日に
雪のように舞っていた、
満開の桜でした。
はじめから
「ずっとずっと好いておった」
のだ、と思いました。
三度観て、
そう感じました。
こころに残る作品を
届けてくださって
ありがとうございます。
