幻覚 幻視 幻聴 で追い求めていく、レビーの症状
今年、春まだ寒い頃から、急に激しくなっていた。
“転倒だけはさせないように!
生活が変わってしまいますからね”
と、在宅医師からは、助言を受けていたが、
徘徊が始まったら、もう、人の言うことなど聞かない、
阻止出来ない、魔の力 なのだ。
そして、その通り、その日から、
母の生活は一変することとなった・・
と同時に、介護する家族側の一変でもあった・・
左大腿骨転子骨折
手術は成功したものの、
新たな問題が、「食べること」であった。
母は、介護保険導入前(2000年)の
15年前に、脳梗塞の後遺症で、
介護5 身障2級 車イス 刻み食の生活となっている。
大阪から横浜に、引き取っての在宅介護は、13年目となる。
その間、度々の、誤嚥性肺炎との闘いであった。
総合病院の神経内科で定期診察の頃は、何度も病院に運び、入院となったこともあった。
在宅医療に切り替えてからは、在宅医師のもと、入院に至ることはなかった(ショートでなったケースは別として)。
その長き食事への対応は、刻みの中でもペーストにするとか、体幹の揺れが激しいので、水分はお茶ゼリーにするなど、工夫してきたので、
骨折で入院したのに、
‘口から食べることの限界’
‘よく、この状態で、口から食べていましたね~’と、
STから、造映検査の状況を、PC映像で見せて頂いても、提案された『胃ろう』をするつもりはなく、
私に、迷いは、なかった・・・
STさんと何度か話し合い、極めて厳しい状況だが、
エンシュアHでの食事なら可能と言うことで、こちらの摂取の方向となった。
バニラ味、コーヒー味
こんなフルーチェみたいな食事とは・・
これでも、口から食べることに意味があるよね?と、揺らいだ。
「おいしないなぁ~」母
「生きるためのご飯やねん~」私
そして、
母の場合は、自分の唾液や痰による、誤嚥も免れない。
私たち家族による、吸引指導が始まった。
骨折で入院したS病院でのカンファレンスを終え、在宅介護、再スタートを切った。
吸引器購入手続き 福祉用具の変更
介護サービスの内容変更
STから教えてもらったエンシュアH以外のお楽しみ食事‘あいーと’も試してみる。これは、嚥下に優しい。
母を支える在宅チーム「チームてるえ」(母の名は照枝)は、私たち家族も支えてくれる。
「チームてるえ」の援護で、
“てるえさん、おかえりなさい!”
“待っていたよ~”
の声に、家で見てもらうことに拘ってる母は、大喜びしていた・・・

今年は何度となく大輪の花をつける鮮やかなピンクのローズが、
母の帰りを待っていた。
幸せは続かなかった・・
5日目で、40℃の高熱を出した・・・

