最近、毎日のようにカラスが近くに来たりすることが多いので、何か意味があるのかないのか、調べたら悪いサインではないよう。

カラスはちょっと不吉だけど、神様の使者なんですって。
何を伝えに来てくれているのか、という意味は色々あるようで、一体どれなんじゃいと思ったけれど、数ある中からその内の一つ、これから新しい境地に入る、という意味を選ぶことにした。

それが一番今しっくりくる気がしたから。
合ってるかどうかは自分で決めて良いのだ。
合ってるのかなぁ、本当は違うかもしれないとか、まごまご考えている時点で、その選んだ答えの正解率がどんどん低くなっていく。
正しいかどうかではなくて、自分がどれだけ信じているかどうかなのだと思う。

「マトリックス」のように、強い相手に拳をくらわせたり、銃弾をよけたりできるかどうか、の正確性や現実性を考えるのではなく、できる、とか、そうだと信じるかどうかでその後の世界が変わってくるわけだ。

今まさに私は、これからみんなと違う方向に行くところだ。
最初から違うところにはずっといたわけだけど笑
そこまで離れなくてはいけないわけじゃなかったし、離れたくないという自分の執着があったのだと思う。
満を持して、離れさせてくれるきっかけを与えてもらっているのだ。
いざ離れよう。

孤独の意味、良さ、大切さはわかってきた。
覚悟はまだまだ甘く、何かにつけて揺れ動くけれど。
むしろ、そんな時はいつでも孤独を選べばいいんじゃないかとすら思えてきた。
選択肢は無数にあるように見えるが、どれもまやかしだ。
そのまやかしは、自分がいつでも孤独を貫き通すためのお膳立て、くらいに思っていればちょうど良い。

そうして一人で孤独に歩いていれば、ふと温かい人の優しさに触れたり、嬉しいことがあったりする。それで良いのではないかと。
若干寂しいですけどね笑
そう思ってしまうのは、私がまだまだ未熟者だから。
でもそれが、伸びしろですねー(じゅんいちダビッドソン)

そんなことを思いながら、最近連絡をとっていない親に、変わりはないかメールをしてみた。
カラスが意味することの一つに、誰かが助けを求めているというサインだから、疎遠になっている人と連絡をとってみては、というものがあったからだ。

…冒頭に書いた偉そうな信念、めちゃめちゃぶれとりますな。