clickして (以下略)
ある深夜。飛行機の中で寒さと具合の悪さと闘って何時間も寝ようとしているわたしを、フライトアテンダントが“Excuse me, miss”と声をかけ起こした。気圧と寝不足でせいで頭がガンガンしたが、無理やり目を開けると、中腰になったアテンダントが食事の時間だと言う。あまり空腹ではなかったが、到着してからの長い移動と、寒くて震えが止まらないことを考えると、何かを食べた方が良いのは明らかだった。それに、わたしは飛行機に乗るずっと前から何も食べていなかった。
長身で、赤茶けた髪と灰色の目をしたアテンダントが何にしますか、とたずねる。わたしが何があるのかと聞くと、彼女は“Porridge or fish”と言う。周りを見回すと、理科の実験に使うような白いプラスチックの横長の容器になみなみと入った白いお粥を皆無言で、なぜか急いで食べていた。わたしは魚が良いと言った。
“Okay. Just a moment―”こちらの目を見てそう言って、彼女はワゴンの中段に手を突っ込み、中を探っている。普通なら、トレイに乗った(エコノミークラスなら食事は通常ワントレイだ)パンやら鮭やら水やらを渡してお終いなのに、彼女はしばらくワゴンの中を弄っていた。
さあどうぞと言って、アテンダントがわたしに手渡したのは、お盆に乗った魚料理ではなく、手の平から少しはみ出るくらいの大きさの、薄茶色のウサギとねずみの合いの子のようなふわふわした動物だった。
その動物はきいきい鳴いてわたしの手の中で暴れていた。アテンダントが何を飲むかと聞いている。“What the hell is this? ”これは一体何なのかと聞いても取り合いもせず、飲み物を注文しないわたしにグラス一杯の水を渡して行ってしまった。
水入りのグラスと、鳴きながら抵抗するその小さいやつを手に持って、わたしは辺りを見渡す。わたしの座っている窓際からは他の席がよく見えないので、通路の方へ身体を乗り出す。隣の2席には誰も座っていなかった。一列前の、中央のブロック左端に座っている中年の白人女性がわたしと同じ動物を手に持っていた。白っぽい金髪で、小太りのおとなしそうなご婦人は、赤ワインを少し飲むと、右手に掴んでいた薄茶色の生き物を、慣れた手つきで口に押し込み、ふた口で飲み込んだ。飲まれるときに、動物はギーという声を出した。
どう見ても魚ではないけど、食べるものなんだとわかり、改めて自分の「食事」を見ると、さっきより少し静かになってわたしに握られたまま、手の中でおとなしくしている。それが息をするたびお腹が上下に動くのが手に伝わってくる。食べてみようかと一瞬思ったけど、気がつくと寒気や震えがおさまっていたので、わたしはそれの匂いを嗅いで、着ていたコートのポケットに突っ込んで、それからまた寝た。
わたしを裏切る
わたしを出し抜く
わたしを絞めつける
わたしを凍らせる
息が止まり眩暈がする
ナイフで切りつけられたような錯覚を起こす
しかしそこに切れた痕は無く
わたしは余計に途方に暮れる
それでもわたしは知っている
わたしが消えてもそれは残ること
わたしをとどめる
わたしを我に返す
わたしを暖める
わたしを歩かせる
最後に辿り着くのは、いつもあきらめきれないその可能性
絶え間なく紡いでいけば、
いつか正しい道順を探し当てられるような気になる
それがそれでなくなる時
今まで届かなかった高みに
わたしを導く
あらゆる無理が理になる
すべての見えない傷跡が霞んでいく
駅まで来て、財布を忘れたことに気付いたとき、
せっかく劇場まで行ったのに、2人前の人で当日券が終了したとき、
カワウィー!と近寄って手をだしたらネコちゃんにすごい勢いで噛まれて血が出たとき、
勘違いなインチキ野郎に大事なものを台無しにされたとき、
・・そんなセンチメンタルな気持ちになったら大声で
(what a) fuckalooo!!!!
と、叫んでみましょう。気が紛れるよ![]()
花はすごく好きだけど、切り花はすぐに枯れてしまうので、それがいつも悲しいという話をしていたら 一人のお金持ちが「お金をだせば、枯れない花は買えるよ」と言い、後日大きな鉢植えを届けてくれた。
白くて、わたしの手のひらほどもある大きな花を10個ほどつけた苗が3本植えられて、リボンで飾られた鉢はとても重かった。花は本当に大きくて可憐で真っ白で、わたしの狭くてぐしゃぐしゃの部屋にはあまり似合わなかった。別にキマリそうな場所もないので、わたしは鉢を印刷機とベッドの間に置いた。
きれいだけど何の匂いもしないその花について調べてみたら、それはファレノプシス、Moth Orchid(蛾蘭) という花だった。わたしは毎日水をあげていたが、乾燥に強いので、あまり水をやってはいけないということもわかった。水を飲まない、「蛾のような(ファレノプシス)」花。水は苗にやるのではなく、空気中の湿気から吸収させるようにということだったので、週に一回、わたしはバスルームに花のでっかい鉢を入れて、シャワーを浴びるようになった。
あるとき衝動に駆られ、何となく花びらを一枚、捥いでみた。切り取られた花びらは白くみずみずしいまま、一点のシミもつくらず、2週間近く変わらなかった。それから突然乾燥し始めて、2日ほどでカラカラになって死んだ。
あれからふた月ほどが経ったけど、花の様子は一向に変わらず、枯れそうにない。真っ白で大きくて、羽を広げた蛾のようなその美しさは、少しも変わらない。家に届いた日から、見た目はほとんど変わらない。高価な花は枯れないというのは、言葉のあやだ。これは生花で、鉢の中には苗があって、花びらが乾いて枯れたようにいつかは枯れると思うけど、あんまりずっと変わらないものだから、本当にいつまでも枯れないなんてことがあるかもしれないと思うようになってくる。そうだったらいいのに。これは花の中でも“当たり”の株で、白く美しいままこの汚い部屋で、わたしにだけ愛でられていつまでもいたらいいのに。





