今日とあるテレビ番組にて


「怒られるってことは 相手が自分に対してプラスの意味だったとしてもマイナス意味だったとしても、何れにせよ自分に思いがあるからだ」


って言ってて
まさに好きの反対は無関心、の裏付けとなる言葉だなと思った

相手の為を思って叱るっていうプラスの意味だけじゃなくて 相手が失敗したりして しめしめとこれみよがしに怒ってやるマイナスの怒りもあるんですね。

だからなんの感情も抱いていない「人」には怒るってことをしないんじゃないかなぁ

だから好きの反対は嫌い、にはなりっこない

嫌い、は相手に対して思いがある


少なくともあたしはそうだなぁと思いました



つづけてその人は、
「だから俺は怒られるのは嫌だったんですけど、
怒られるってことはなんらかの感情が自分に対してあるわけだからこれからその人と関係がある、なんかしらの絆があるんだろうなーと思うから多少気が楽になるんですよね」



私なりの解釈だけど 例えお互い仲違いしてたとしてもそこに関係性は存在している
仲良しだけが関係じゃないということ


だから例え苦手だったり嫌いだったりする相手に怒られるってことは 相手も自分にマイナスかプラスかは分からないけど感情があって、なんらかの関係性はできている。そこにはもうなんらかの絆があるんじゃないかなぁ



怒られるってことは少なくとも自分自身の存在はどんなかたちであれその人中に生きているってこと?