少し仕事で教育関係の方とお話をする機会がありました。


その方が仰った事で
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やはり、子供に勉強を教えるのは難しいですね。

出来る子は、課題をさっさと終わらせて、待ちぼうけになり

出来ない子は、がんばってはいるんですが、途中で諦めて

投げやりになる。

平均値取って、普通の子に併せざるを得ませんね。

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少し下品な言い方ですが「はぁ!?何いってんの???」と怒りを覚えました。
(もちろん、大人ですので露骨には表しませんでしたが。)


ああ、日本の教育もここまで落ちたかと。



ワタクシ、思うのです。


出来る子は、問題を解いて暇になりイライラする。

出来ない子は、時間を使っても解けない。

結局先生は、出来る子をイライラさせ、出来ない子は孤立する。


それは「自分ができたら100点」といった日本の教育基準に誤りがあると思います。


出来る子は、出来ない子に教え、出来ない子が理解できたらはじめて100点とすべきと考えます。

そうすれば、子供たちにもコミュニケーションが生まれ

出来る子は、出来ない子が、なぜ出来ないかを理解し

出来ない子は、出来る子の考え方を学び自己を磨く。

そうすれば、相乗効果で勉強外でも、良い方向に向かっていくと思います。

相手を理解することで、世界が広がり、自分の個性も理解できるはずです。



今の個性重視教育は「自分がどうか?」というちっちゃな世界なような気がします。



「国際感覚とは、海外に出て自分が日本人と感じること」と誰かが言っていた気が・・・

なぜか思い出しました。



経営者をしておりますが、最近の新人社員を見ていると、自分さえ良ければそれで良い

という感覚が強いように思います。

きれいごとではありませんが、自然に力を合わせて問題を乗り越えられる

強い人間にするには、幼少からの積み重ねが必要と思います。

一人でできることなんて、限界があるのですから。




やっぱ、これからは教育という聖域に、ビジネス面から食い込んでやろうかと

大人気なく考えております。国に任せてはおけません(笑)
GWになると渋滞のニュースが飛び交う。

今や、カーナビでもネットでも、ほぼリアルタイムで渋滞情報は手に入る。

それなのに、渋滞にツッこんでいく輩が多数いる。

それで、さらに大規模な渋滞が発生する。

なぜ金払ってまで、名ばかりの高速道路に突っ込むのか?

考えてみた

1.渋滞そのものがすき
  → 日本人の行列に並ぶのが好きという性質。

2.冒険好き
  →渋滞とう苦難を乗り越えた先にあるお宝(旅行先や実家など。プライスレス!)発見が楽しい。

3.渋滞グッズがすき
  →渋滞グッズを使うために乗り込む!

・・・ポジティブすぎやぁ。

てか、GWくらいしか休み無いんだろうけどねw

ピグを試してみた。

以前、チャットを試してみたこともあるが

比較にならん。

ピグ(アバター?)がいることで

親近感が沸くもんですな。

ただ、おもーーーーーーーーーーーーーーーーーい。

アメーバさんが解決してくれることを祈りつつ

新たなビジネスモデルを模索中・・・

もはや、病気やなw
R35にして、Web系の仕事をしています。

ただ、もうWebサイト作って、検証して・・・っていうビジネスに限界を感じている。

Webを利用したコミュニケーション(このブログもその一つ)は、この先も

どんどん進化していくのだろう。

インプット、アウトプット共に。

それは、テキストや画像、音声だけではなく、においや触感、味までも

ネットを通じて運んでくる日も来るのだろう。

それが双方向になれば「コミュニケーション」の枠を超えた「バーチャルリアリティー」となる。

夢のある話。新たなビジネスチャンスの予感。



ただ、本当にそれでよいのか?



どんなデバイスの先にも、存在するのは「人」。

考えるのは「脳」。感じるのは「心」。

これは変わらない。変わってほしくない。

そう願いつつネットを介した

本当の「コミュニケーション」の在り方

について考えて生きたいと思う。

抽象的ではあるが、もっと暖かいような・・・喜怒哀楽が鮮明なような・・・

それがはっきりしたとき、新しいモチベーションになる予感。



というようなことを、日ごろから考えている変人のブログです(笑)