家族への感謝
起きた朝は灰色の日曜日でした。流産も出産と同じで体は元の体に戻そうとします。時間が経つと体は元の体に戻すために著しく変化をしました。体が少し回復するのと時間も薬になってか心もほんの少しづつ回復していきました。この頃の私は目が真っ赤で誰にも見せられないぐちゃぐちゃのひどい顔でした。確実に妊娠はしていたし、夢ではなかったけれど、我が子を抱くことができなかったショックは大きく、でもまだあの気持ちの悪い血の塊は出てきていて、妊娠が終わったこと、流産したことを肯定しろと言われている様に思い知らされ続けました。この日はまだhcg値が高かったのか、つわりのなごりなのかショックで食欲不振なのか、食べれるものはつわりのときと同じものでした。主人は朝方に寝たので顔を合わせないように一人で食事をしました。食事をしていても妊娠していた時と同じものしか食べれず、食べていると涙が溢れてきました。子供は主人の実家に泊まっているので家はとても静かでした。気を紛らわそうとテレビを付けましたが、腰が痛いのと体力と気力が限界になりソファーに横になって寝てしまいました。日中は大量出血の影響なのか、息が上がりやすく手に力が入りにくかったりと、少し動くと疲れやすいこともあり、横になってゆっくりとした時間を過ごしました。お昼は、少し元気が出てきて、子供が小さいので大人のカレーを普段は作るのを避けていたのですが、主人と話をして食べたいものを食べた方がいいんじゃないかと、家のお米は食べれていなかったしすんごく食べたいわけではないけど、何か気を紛らわすことをしないと自分がもたなくて、お肉はまだ食べられそうにないので冷蔵庫にある野菜でカレーを作ることにしました。カレーに合いそうな野菜と主にトマトで煮込み、カレー粉を使ってカレーを煮込んでいきました。妊娠中は料理という料理をしていなかったので、つわりで味の感覚もおかしくなっていたのもあり、主人に味をみてもらうと、薄いカレー風味トマトスープだと言われ、それはそれでショックでした。味を調えてもらい、ご飯を炊いてもらいました。トマト野菜カレーと少し食べれたご飯は美味しく、余ったカレーはカレーうどんとかにしようとまとめて冷蔵庫にしまいました。そして飲まないといけない薬を飲みました。薬には「子宮収縮剤止血止め」「激薬」と書いてありました。痛み止めと胃薬は痛みがあるときに服薬すればよいという説明なのでとりあえず飲みませんでした。生理痛の様な鈍い痛みはあるものの耐えられない痛みではなかったので横になりぼーっと過ごしていました。夕食は主人が買ってきてくれることになって、「何か食べたいものある?」と買い物中の主人からLineが来ました。妊娠していたときにつわりで唯一食べてれていたサラダ巻きが食べたいと入力しようしましたが妊娠していたときの事を思いだして涙が溢れてきて、主人には「大丈夫だよ、家にあるパンを食べるよ」と返事をしました。夕食は、お昼のトマト野菜カレーとパンを食べました。1日遊んでもらってご飯を食べさせてもらって、お風呂にも入れてもらったニコニコの息子が元気に帰ってきました。義母と義叔母が送ってきてくれたのですが、泣きすぎた私の顔を見て「しょうがないことなんだよ」「すぐ忘れて」と声を掛けてくださいり早々に帰っていきました。息子は何かを理解したのか「だっこー!」と私の所に来てくれました。皆が帰って、主人がトイレに行っている間に、「赤ちゃんいなくなっちゃったんだ、お兄ちゃんにさせてあげられなくてごめんね」と言うと「うん」と頷いてくれました。私は息子を強く抱きしめ、涙を流しました。妊娠で仕事や体調のことだったり自分のことばかりで息子の事を見ていたつもりでも見ていなかったのかもしれないという気持ちが湧いてきました。ごめんねという思いとでもこの子のためにも主人のためにも元気にならないといけない、このままではいけない、元気な息子と主人と一緒にいることができる感謝を感じ、悲しみに向いていた心が動きだしました。家族に感謝をしないといけない、この様な経験をさせていただいて感謝をしないといけないんだ。そう思うようになりました。ただこの日から、病院で処方された薬が思った以上に効いて、子宮収縮剤と止血止めが一粒になったものを毎食後に服薬したのですが、服薬すると下腹部の鈍痛は我慢できるのですが、なぜか両太ももが痛くなり、歩くときも壁つたいに歩くという症状があり、一緒に処方された痛み止めのロキソニンと胃薬を飲んでも解消されない日が2、3日続きました。