私は愛媛県のリアス式海岸の美しい景色に囲まれ育ちました。四つ葉



現在は愛媛みかんの産地ですが、明治初期には近所に製糸工場があり、養蚕農家の1軒でした。



その後、繊維業界のご縁で父が縫製業を始め、子供の頃の私の遊び道具がミシンと生地となり、
遊びながら「一枚の洋服には多くの人の思いが繋がっていること」ドレスを学びました。


綿や繭が糸になり、布になり、服へ。着る人を豊かにする為に最善をつくして繋がっています。ハート(手書き)



しょんぼりしかし、繊維の業界に長年身を置きながらにして

ある日突然、家族の介護が必要になり、服の不便さを痛感させられる皮肉な運命が待っていました。!?



そこで、服にも環境の変化に対応する機能性が求められ、重要な意味をもってきたことを感じ、ぐー
加齢や病気等で服の不便さを感じている方から、率直にご意見を聞きながら改良するという
「付加価値のあるファッション」を研究をしています。ちょき



満足のいく完成品が出来るまでには、まだまだ時間がかかるとは思いますが、
人と人の繋がりや思い・プロセスを大切にお伝えしながら、「豊かさ」を感じていただける服を作り続けて行きたいと思います




ブログでは、シニア向けファッションの商品開発を行っておりますので、そちらの情報を発信できればと思っております。


どうぞよろしくお願いいたします。音譜


それでは、店長の思うところ(笑)



私は、「介護」って言葉が、好きではないです。
できるなるなら、これに変わる新しい言葉はないものかと思います。
でも、まだまだ勉強不足でバツ



だけど、介護服よりも「ユニバーサルデザイン」
介助よりも、「助け合い」
なんと言いますか、



最近のおばあちゃん・おじいちゃんは、まだまだ若いのです^^
おげんきなのです。

でも、介助を必要とされる方もいます。ただ・・・
私なんか、負けず嫌いなので、人に何かしてもらうなんて!!
という気持ちが常にあるのですが。

自分の体が思うようにならない、
年齢や。病気。

これは自分ではどうしようもないことですよね・・・
私も、肺をやられて感じました。

自分の思い通りにならない体。
小さなことですが、すごくショックなんです。

そんな時、何か没頭できるものが見つかると、
毎日が楽しいけれど・・・・
見つかるまでは・・・

あと、人と同じが良くて。
一人だけ「毎日粥」
自分だけ「通院生活」



身近なところで、
服も同じだよなあ・・・と思います。

介護のスペースに売られている服に、
手を伸ばそうとは思わないのです。

「だって、まだ大丈夫。
少しくらい不自由でも我慢する」
私だって思います。

便利な服、
あったらいいけど、
特別は嫌。

その気持ち、大事だと思うのです。