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日本、首都・東京都
数多の困難と希望、そして人間がひしめいているそんな場所だ
若者ならば、その活気溢れる都会を夢見るのはおかしなことでは決してない。
...この男、熊井もまたそんな男であった。
「うらあああああああああアアアアアアアアアアア!!」
大きな岩に向かって右の拳で正拳突き。
普通のものがやれば指から骨が突き出、ボロボロになるはずだ
が、
「っしゃあ、今日の修行はここまでだァ!」
踵を返して歩き出すが早いか、拳を叩き込んだ部分から放射状にヒビが広がり、ガコーン!と大きな音を立てて、岩が崩れ石の集まりに姿を変えた
熊井は、己の肉体を極限まで鍛え、強い漢(オトコ)となるため日々鍛練を重ねている
まあだからってこれはやり過ぎというかおかしいと思うが。
「フ...やってるな」
ふいに声を掛けたこの男は、
「よぉ、工事じゃねぇか!」
「まずその顔から舗装を始めようか?」
蟹渡 康司 (カニド コウジ)だ
よく人に、かにわたりと間違われるが、かにどなので間違えてはいけない
彼は熊井の数少ない親友であり、特徴を簡単に言い表すとすると、「眼鏡」である
その生き方は晴耕雨読、文武両道
少し変わったところはあるが、いいやつだ
頭の悪い、というより考えることが苦手な熊井は 晴鍛雨練状態
いつなんどきでも、雷が鳴ろうが嵐になろうがお構いなしに修行といって体を動かしてるため、蟹渡は知識を得る貴重な源でもあった
「ちょうど修行を終えて 強く! なったところだぜぇ」
「今日はいつもより念入りに鍛えているな、何かあったのか?」
ゼェ、と熱い息をひとつ吐き、顎に下がる大粒の汗を手で拭ったあと、熊井はいった
「今日、うちの爺ちゃんに相談するつもりなんだよ」
蟹渡の目が少し見開いた
「...まさか」
「...ああ、俺は東京にいくんだ...」
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その日の夜
「...鉄治、てめぇ、東京にいきてぇ、そう言ったんだな?」
「ああ」
熊井鉄治郎は自らの祖父 熊井鉄悟郎(クマイ テツゴロウ)と、長方形のちゃぶ台を挟んで話をしていた。
すさまじい緊張感が、場を支配している
沈黙。
「...スーーー.....ーーーー」
鉄悟郎の、呼吸の音
大きく吸い込んだ息がどうなるかは、わかりきっていた。
「ヴァアアアアアカもんがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
家が、全てがビリビリと震えるほどの叫びだった。鉄悟郎はすっくと立ち上がり、さらに言葉を続ける。
「東京にいってはならん!お前やワシ、この村におるもんは全員がしっておるじゃろうがあああああ!アア?!」
鉄治郎にとっても予想通りだった
だが、引き下がる気はない。
「...俺は腹ァ括ってるからよ、爺ちゃんがどう言おうと絶対にいくぜぇ...」
「...俺は東京にいくんだ。」
その言葉を聞いても、鉄悟郎は叫ぶ。
「いいか鉄治、忘れたわけではあるめぇな!
東京は、魔境も魔境、恐ろしいところなんじゃ!あんな場所にいっちゃならねぇ!」
鉄治郎も立ち上がり、正面からにらみ返した。
「...なんなんだよ爺ちゃん!そんなに怖ええところだって言うのかよ!一体どんなもんがあるってんだよ!」
「ーーーーーーー」
その問いかけで、さっきまでの騒々しさは消え、辺りを静寂が包み込んだ。
鉄悟郎は、言った
「...東京はな、消毒のため水に毒をいれてんだぞ」
「???!!!」
な、なんだってええええええ?!水を消毒するために毒をいれてるだって?!なんじゃそりゃああああああ?!
「そぉれだけじゃねぇ!東京は一歩足を踏み入れたら最後、ありとあらゆる誘惑が揃い、煩悩の塊になっちまうんだよ!」
「な...なんだよ...それは...」
「夜になっても明かりは消えんし、辺りは朝まで明るいことだってある!眠らない町なんかと言われるところだってあるそうじゃ!!」
「そんな恐ろしいところに、お前はいくつもりかああああああ!!!!!」
「う...ぐぬぬ...」
鉄治郎は、膝をついた
なんだと!ええ?!
ボンノウ、とやらはしらないが、どうやらそれの塊と成り果ててしまうらしい!人間は肉の塊のはずだが、ボンノウ?になるってことは...
ハッ、まさか石化?!
そうかそうなのか!きっと誘惑に負け、手を出せば罪で呪いをかけられるほどに恐ろしい場所だというのか?!
しかも、眠らない町...?明かりが消えない...?
なんなんだ、それはァ!
電気消さなきゃ夜寝られないだろうが!!!
みんな電気つけて寝るのか?!
大体電気代が高いじゃねぇかよ!そんな無駄遣いして何になるんだよ!町だって昼間頑張ったんだから寝たいだろうに!寝かせてやれよッ!これが今、ちまたで噂のブラックマヨネーズとか言うやつかァ?!こきつかわれるうんめいにあるとでもいうのかよォ?!(あながち間違いではないと思われる)
絶望、錯乱!
そんな鉄治郎を見下ろして、鉄悟郎は唾を飛ばして叫ぶ。
「鉄治郎...これでもお前はいくっていうのかい...東京によお!!」
なんと言う、圧倒的威圧!!!
その気迫だけで、押し潰されてしまいそうだ...!カハッ、これが86歳の放つオーラなのか?!
生きた年月がそのまま存在感となっているかのように、途方もなく、重い...ッ!
それでも。
「...俺は...ッ」
鉄治郎は、強い
だからこそ、言う
足の指を畳に食い込ませ、膝を起こして立ち上がる
「俺は!!東京にいく!!!
そんなのを受けても、強く逞しく!
生き抜いて見せる!何があっても!
俺は、この村を出て!
東京へ...出るだああああああああ!!
よし、いっくぞおおおおおおおう!!!」
その叫びは、天を貫くがごとく。
そして、やがて鉄悟郎はゆっくりと座り込んだ。
「...そうか...。そうやらお前を言葉なんぞでは止められんようだな...」
「爺ちゃん...」
やっとわかってくれたんだね、と言おうとしたそのとき
「ならば...拳で諦めさせるのみよおおおおおおお!!!!!」
「!!!!!!!!!!!!!」
ちゃぶ台が、剛速で飛んできた。