2011年の秋に0歳児の娘を無認可保育園に入れ職場復帰し、1歳児の2012年に認可保育園の申し込みをしました。

しかし激戦S区、認可保育園は落選ダウン

(ちなみに第5希望まで記入のところを現実的に通園可能な3つしか書かなかったので、承認確率を自ら下げてました)

S区では「兄弟姉妹在園」「認可外に1年以上預けてフルタイム」がポイント高く、

シングルマザーとはいえ祖父母の協力も仰げる私の順位は低かったのです。


でも、捨てる神あれば拾う神なのか“S区認証保育室”というものに入れることになりました。

区が待機児童解消のために増やした小規模施設で、6ヵ月~2歳まで限定の保育室です。

都の認証のように区の補助金も出ましたにひひ

実は通勤途中にあるので一番通いやすく、むしろ認可よりもよかったのです。


この保育園のおかげで、娘は一気に成長しました音譜


ナイフとフォーク給食: 家では私の夕食を取り分けていたけど、ちゃんとした乳児食をお友達と食べることがとてもよかったよう。食欲旺盛、コップ飲みもここでマスターしました。


走る人あんよ: 1歳クラスでも早産まれは娘だけだったので、周りはみんな歩いてました。それに刺激されたのか、娘も入園早々あんよをするように。お迎えの時にあんよで寄ってくれた時はウルっと…


アート制作: こいのぼりやシール貼りなどです。簡単なものですが、私ひとりでは「今何ができる月齢」とかがわからなかったので、園でやっているものを家でもやれるようにしました。とても助かりました。


チューリップ赤外遊び: 月齢も進んだし、暖かくなったから晴れた日はほぼ公園やお散歩に行ってくれました。すべり台が好きです、と書かれた連絡ノートをみて「もうそんなことができるのか目」とびっくりしました。


前の無認可園の先生に「区の保育園はお支度が大変よ~」と脅かされていたのですが、

私には合ってましたにひひ


お支度とは、晴れオムツや着替えなどを所定の位置にセットする  夜の街使用済みのオムツ(ビニール袋に入れてくれている)、汚れた着替えを持って帰る です。

確かに無認可園では入口で娘とバッグを渡してバイバイでした。

ここでは、娘の上着や靴下を脱がせて、帰りは着せて…という手間(ぐずったりすると時間を食う)もあります。

でも園の中が見れて、直前までどんな風に遊んでいるかなど様子がわかるのは手間を上回る収穫です。

園に預けていながら少しは娘のお世話をしている、という意識も持てました。


本当にこの園にはお世話になりました。

別の区に引っ越すことになり、数ヵ月で転園してしまうのですが丁寧なお別れカードを頂きました。


最後の日に先生から

「娘ちゃんママはいつもニコニコして、笑顔で明るくバイバイができてかっこいいね」と

おほめの言葉を頂きました。


そして、

「私も父親がいなく育ちました。娘ちゃんママの笑顔があれば、大丈夫です!」

とも。


こちらこそ、先生のように素敵な女性になるように育てたいですラブラブ


短い期間でしたが、ここは娘と私を成長させてくれた大切な保育室でした。






珍しく娘と一緒に寝落ちしていない&娘がぐっすり寝てくれているのでブログを連投です。

(我ながら、この熱しやすく冷めやすいのには失笑)


現在2歳の娘は今の園が4つ目です。

何度か転園は覚悟していたけど、まさか4つにもなるとは…えっ

(いや、今後も増えるかもしれませんが)

この、消極的だけど意外にラッキーな保活を忘れないうちにつづっておこうと思います。


娘は2月生まれなので、妊娠時から0歳児4月入園はあきらめてました。

でも産休・育休が取れたので0歳児の5月とか6月入園をすればよかったのかもしれません。

臨月直前に夫が亡くなったことで、そこまで考えられなかったんですね。

突然目の前が真っ暗になる経験をしたので、前向きな未来を考えるのが怖かったのです。

準備しても無駄になるかも、とか。

現実的に、出産後に住む場所も確定しなかったし。

(両親に甘えていいのか?というちっぽけな葛藤もアリ)


さすがに満1歳まで育休を取るのは仕事にもその後の保育園にも影響が出るので、

娘が8ヶ月になる10月に復帰することを5月に決めました。

当時住んでいたのは都内激戦区のS区ガーン。当然満員御礼。認証も空き待ちでいっぱい。

偶然、家から一番近い無認可のフランチャイズが満6ヵ月から可能で0歳児は空いているとのこと。


ここが娘の保育園その1


園庭なしでマンションのワンフロアー、5歳まで混合保育=ハイハイの0歳と駆け回る幼児が一緒!

そして無認可なので月6万円(行政からの補助はなし)でした。

オムツ、ミルク代は含まずこの値段ビックリマーク


それでも0歳児の月極は3枠しかなかったので(でも一時保育という名目で絶対定員オーバーしていた気がするけどw)貴重でした。


9月から慣らし保育をして10月から仕事復帰。

9月中は粉ミルクと冷凍母乳で、10月からはミルクと離乳食のお弁当でした。

娘は全くミルクを飲まず、園では離乳食(衛生上BFとパンやバナナなど)やお茶ばかり。

その分、登園前と帰宅後はおっぱいにぶら下がり状態。


一般的には最後の手段とされる無認可園でデビューしたのですが、他を知らなかったので

「こんなもんか」と思えたのはラッキーでした。


振り返ってみると、また預けたいな音譜、とは思いにくいところではあります…。


ダウン保育士さんは担任制でないため日替わりだし、入れ替わりが激しく、子どもの様子がわかりにくいこと。

ダウン夕方はDVDつけっぱなしが多かった(当時はあまり見せていなかった)

ダウン給食設備がないため、お弁当持ち込み or 仕出し弁当(ただし離乳終わっていないとNG)

ダウン値段が高い…月6万円で食事&ミルク、オムツは自己負担。区の補助金なし


でも、7ヶ月から通えたことが私と娘にとって最大のメリットアップです。

入ってすぐ病気をもらって9月は半分しか登園しなかったけど、


集団生活に慣れてくれ、後の転園先でも慣れるのがとても早かったです。


私にとってもワーキングマザーデビューした、記念すべき1園目です。

毎朝抱っこひもに入れた娘に話しかけながら登園し、笑顔でバイバイして出社。

退社後は「早く会いたい」「寂しがってないか、具合は悪くなってないか」と息せき切らして小走りでお迎えに行きました。


そして新年度を控えた3月に、激戦S区の準認可保育室の4月からの許諾通知をもらいました合格

長くなるのでその2に続きます。










最後にブログを書いてからもう2年…。

なぜこうも続かないのか(゜д゜;)。


数少ないアメンバーの皆様や立ち寄って頂いた方々には忘れられているかもしれませんが、

ladybirdは元気にやっています。

何度かブログを書こうと書いたものもあるのですが、なぜかアップできず。


アメンバーの皆様の記事はいつも楽しみに読ませてもらっています。

続けられている皆様はスバラシイ。


とりあえずこの2年間の現状報告を箇条書きに。


----------------------------------------------------------------------------------------

<娘ちゃん編>

★2歳になりました。おしゃべりもあんよも上手になりました。

(このあたり書き出すとなが~くなるので別記事でいつか…)


★引っ越しと同時に保育園も移りましたが、すぐ慣れてくれました。これまでに休んだのは2回だけ。


★アンパンマンに夢中。おかげで私も歌を覚え、キャラを描けるようになりました。

オムツはGENKI!に変更(アンパンマンだから)w 今はL。


★パパの写真に「おはよう」と「おやすみ」を言えるようになりました。


<ladybird編>

★復帰後の仕事を変わらず続けています。転職も考えましたが、継続は力なりと言い聞かせています。


★引っ越しをして、老いた両親に完全パラサイトです。負担にならないよう、将来両親の面倒をみれるように経済力をつけたいと毎日ジレンマです。


★義両親に引っ越しは知らせず、完全絶縁。娘ちゃん1歳のときに連絡を取ろうか迷ったけれどやっぱり取りませんでした。そしてお互い音信不通で3回忌を迎えました。

この先もずっと連絡はとりません。夫が一人っ子だったので、義両親のどちらかが亡くなったら遺産整理(遺産なんてないけどね…)の際に娘ちゃんに連絡取りに来るかな?戸籍上の唯一の子孫だから。その時が今から憂鬱です。


★復氏届を出して、旧姓に。各医療機関で説明をするのが四苦八苦。

クレジットカードや銀行関係も大変だったので、もう氏変更はこりごり(←再婚の可能性がさらに低くなるw)


----------------------------------------------------------------------------------------


娘ちゃんの成長にくらべてあまり進歩のない私。。。

これからも不定期ですが、きっと頻繁ではないでしょうが細々とブログを続けられれば…と思ってます。