『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』

奥泉光著　文春文庫

人気ユーモア・ミステリー、待望の文庫化！

大学の怪事件に挑むヘタレ教員・クワコーと奇人ぞろいの文芸部員。教員の自虐と女子学生の暴言が衝突するとき謎は解かれる。全3編。

【内容（「BOOK」データベースより）】

地位も才能もないが、やる気もなく志も低い准教授・桑潟幸一、通称クワコーを、毎月毎月、襲う怪事件。何とかしないとヤバイじゃんクワコー、と首をつっこむ文芸部の変人女子たちにいじられながら、首吊り幽霊の謎ほか、春のキャンパスを騒がす3つの事件にクワコーが挑む。芥川賞作家が贈る脱力+自虐のユーモア・ミステリ。

何じゃこりゃ。

スタイリッシュな生活って、さぞかしカッコいい准教授の物語なのかと思ったら。

ガクッと肩透かしをくった。

だってね。

素敵なはずの准教授、桑潟幸一＜クワコー＞と呼ばれている主人公のキャラがそこまで自虐的に生きていいんかーぃ！

なんとも歯がゆく、もっと積極的に生きんかーぃ！

とハッパをかけたくなる

スタイリッシュな生活なんだから、どんなにか都会的で颯爽と、自信という衣をまとったモテモテ男なのかと期待を胸に読んだ。

ハハハッ、ここまで自分を堕とすことに達観してるなんて、逆に尊敬するわい。

とことんやる気もなく向上心もなく開き直りの人生。

それでも、そんな生き方が彼には居心地がいいらしい。

さてどんな物語になるのかな。

この小説は＜クワコー＞が、レベルの低い大学で名ばかりの准教授として、事件に遭遇し、女子大生たちと謎を解いていくコメディータッチの物語。

こんな出来の悪い＜クワコー＞でも、ミステリとなると際立った能力？が呼び覚まされ、手腕を発揮して解決する裏の顔の物語になるのかと思いきや、うひゃひゃ、これも裏切られた。

結局、学生たちの方が鋭い頭で事件を解決する。

特にダンボールハウスのホームレス女子大生ジンジンが頭脳明晰な探偵役となるのが頼もしい。

あーぁ！最後まで＜クワコー＞の頭はゆるーい。

その彼の、情けなさぶりがやけに面白い。

相手に悪態付きたくて心の中で強烈に罵るも、それは心の声だけで結局言わずじまい。気が弱いんだなー。

心に思う罵詈雑言が吹き出したくなるほど面白いのに、なぜ言わぬ。

この小説の笑いは、意図的に笑わそうとする笑いとは違う。

プッ！と吹き出すような笑いがよい。

汚く卑猥で強烈な言葉を使っていても、なぜか清涼感があるから不思議だ。

さらっと笑える。

学生たちの、意味不明な単語数語並べただけの短文会話。

これが４０歳の＜クワコー＞にはついていけなくて、沈黙の人となり下がる。

この「たらちね国際大学」（すげー名前だわ。入学志望者少ないはずだ）は、女子短大が今年度から4年制・共学になり、かろうじて男子学生は一人入っただけ。

＜クワコー＞は文芸部の顧問となった。

文芸部の女子学生たちは自由気ままで、好きに大学内を闊歩する。

部員たちは、部員勧誘のためコスプレし、＜クワコー＞の研究室に、我が物顔に文芸部備品を所せましと置き、＜クワコー＞は文句も言いたいところだが何も言えずに、逆にコーヒーを振舞う始末。

とうとう彼の研究室は、文芸部の備品置き場と兼用になる。

＜クワコー＞は、いつも彼女たちに負けてしまう。くそーっと思いながら、いつの間にか言いなりになっているという体たらく。

でも彼はそれもすぐになじんで居心地よくなる体質なのが笑える。

４０歳にして、おなかが出てきた男。それが＜クワコー＞。

小説は一応ミステリの作りになっていて、大学内での３つの事件の顛末を描いている。

人が死ぬ事件ではないので、あまり読者も謎を解こうとするのではなく、ただただひたすら、笑いの中で愉しめばいい。

そうそう、パロってる言葉にも笑わされる。

「コドバシカメラ」「サトーヨーカドー」「ブックエフ」「慶明大と速稲田(はせだ)」そして「下智大」など、わかるよね。あほくさっ！

ダジャレやギャル語などがあふれかえっている。

１話は、＜クワコー＞にあてがわれた研究室で起きる不可思議な現象の謎解き。

２話は、２代目襲名を約束する手紙の紛失事件。

３話は、大学のある教授の浮気相手で、森ガールと言われている謎の女性を探ることになった＜クワコー＞は女子大生と探偵ごっこ。果たしてどんなドタバタになるか。

この３つの話はミステリというより日常の中にある謎と言ったところ。

まあ、＜クワコー＞の、どうせ自分はこんな程度の人間なんだから特に無理する人生なんか必要ないという老成感が滑稽で、ちょっと共感できちゃうんだよね。

ひねくれた笑いではなく、後味のいい爽やかな笑いで愉しめる読後感だった。

そのうち、２作目も読んでみよう。

最後に言いたいのは、軽いユーモア小説だけど、かなりの力量ある作家だと思った。

文章がうまい。構成がうまい。無駄がない。

文章と文章のつなぎが実に見事だから切れが良くて読みやすい。

文章語尾の始末って、その作家のセンスが問われる。

レベルが高い作家だと思ったのが私の強烈に思った感想。

■どこがスタイリッシュやん？『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』