『グラスホッパー』
伊坂 幸太郎 著 角川文庫
<殺し屋>シリーズ『グラスホッパー』『マリアビートル』『AX アックス』の1作目。
二人の殺し屋と、妻をひき逃げした犯人への復讐のために職を変え殺し屋の世界に足を踏み入れていく男を主人公とする、犯罪ミステリー。
【内容(「BOOK」データベースより)】
「復讐を横取りされた。嘘?」元教師の鈴木は、妻を殺した男が車に轢かれる瞬間を目撃する。
どうやら「押し屋」と呼ばれる殺し屋の仕業らしい。
鈴木は正体を探るため、彼の後を追う。一方、自殺専門の殺し屋・鯨、ナイフ使いの若者・蝉も「押し屋」を追い始める。
それぞれの思惑のもとに―「鈴木」「鯨」「蝉」、三人の思いが交錯するとき、物語は唸りをあげて動き出す。疾走感溢れる筆致で綴られた、分類不能の「殺し屋」小説!
この物語は、3視点三人称で語られる。
一人目は元教師の 鈴木
二人目は 鯨 という殺し屋
三人目は 蝉 という殺し屋
この<鈴木>、<鯨>、<蝉>の3視点で交互に綴られて進行していく。
鈴木
2年前に妻を轢き逃げされた中学校教師の 鈴木 が主人公。
ひき逃げ犯人が、違法薬物売買、臓器売買、人身売買などの悪徳会社「フロイライン(令嬢の意)」の社長・寺原の長男だと知り、復讐のため「フロイライン」に入社する。
復讐の機会を窺っていたところ、裏社会の人間らしくない風体のため正体を疑われ、上司の 比与子 から、会社への忠誠を示すためのテストをされる。
睡眠薬を使って捕まえた若いカップルを殺すように命じられる。
そのテストを確認するため 寺原長男(作中では寺原長男と呼称)もやって来るが、鈴木と比与子の目の前であっけなく彼は車に轢かれてしまった。
誰かが寺原長男を押したように見えた。
それは「押し屋」と呼ばれる有名かつ正体不明な殺し屋の仕業であった。
上司比与子から「押し屋」を追うよう命じられ、殺し屋を尾行し始める。
鯨(くじら)
190センチ以上の巨体なので 鯨 と言われている殺し屋。
殺し屋らしからぬ方法で死に至らしめる。
それは、自殺に追い込む のだ。なぜか彼にかかるとみんな催眠術にでもかかったように抵抗なく自殺してしまう。
すでに32人を死なせている。
鈴木が 寺原長男 の交通事故死を目撃した時、ちょうど 鯨 は33人目 の仕事をしていて、窓の外のその事故を偶然にも目撃していた。
そして、あれが「押し屋」と言われている殺し屋ではないかと思う。
鯨 は、以前一人だけ仕事をやり損ねたことがあった。
あることで、対象の女性議員の殺しを見逃したのだ。
ところが殺人の依頼人が「押し屋」にも頼んでいて、翌々日その女性議員は車に身を投げた。
「押し屋」に先を越され対象を殺されたという、鯨にとって負い目があった。
また、彼には発作的に頭痛やめまいが起きると、今まで殺した人間たちの 亡霊が現れる という 幻覚 症状がある。
その時には、現実の人間体たちは消失したように見えなくなる。
彼は「押し屋」を自分が始末して、殺し屋家業をやめようと考えた。
蝉(せみ)
しゃべくりがうるさいので 蝉 と呼ばれている殺し屋。
年齢は20代前半なので若く敏捷。
彼は、ナイフを使う 殺し屋。
殺し屋でも嫌がる仕事はある。家族全員の惨殺、特に子どもの殺しは嫌がられる。
ところが、この 蝉 は、そういう仕事が大好き。
ちょうど家族3人の殺しを終わらせたところで、また依頼が来た。
それは、鯨 の殺害だった。
押し屋
対象の人間の背中を押して列車や車に轢かせて事故や自殺に見せかけて殺す殺し屋。
誰も正体を知らない。
鈴木・鯨・蝉 に追われる身となる。
鈴木・鯨・蝉・押し屋
妻をひき殺した男の復讐を目的としてフロイラインに入社した 鈴木 。
2人の殺し屋 鯨 と 蝉 。
もう一人はその業界では伝説的な殺し屋「押し屋」。
本当は「押し屋」という殺し屋はいないのではないかという人もいる。
「嘘つくと閻魔様に舌を抜かれる」みたいに、「早く仕事をこなさないと、押し屋に先を越されるぞ」という戒めのように使われているだけで実際にはいないのでは…と。
果たして?
これらの人々が織りなす非情な騒動を描いていて、ハードボイルド小説 と言われているけれど、どうなのかな。
淡々と簡潔に書かれているので確かにハードボイルドタッチだけれど、何かそこに ドタバタ喜劇風 なところがあって、殺し屋の残酷な非情さがあるにも拘らずあまり気にならずに笑いも含めてサクサク読める。
分類不能の「殺し屋」小説!とはぴったりの言葉だ。
映画になっているらしいけれど、映画の場合はどんな感じに作っているのかな。
あまり評判は良くないみたいだけれど (; ^ -^)
タイトルの『グラスホッパー』とは、バッタ、イナゴ、キリギリスなどの昆虫の意味。
押し屋が鈴木に話したトノサマバッタの話が、このタイトルになっている。
トノサマバッタは密集した環境で育っていると、エサが足りなくなり別の場所にいけるように飛翔力が高くなり、体は次第に黒くなって羽も伸びて凶暴になるらしい。
緑のトノサマバッタと黒いのとは大違い。
人間も同じだと押し屋は言っている。
ただ人間の場合は遠くに逃げられないから、ただ凶暴になるだけだと…
個人的な感想として、鈴木が押し屋に接触していく過程がなかなか面白かった。
押し屋にも妻と二人の男の子の4人の家族がいて、その中で鈴木が子どもと遊び、口数の少ない押し屋との会話にもなかなかいいものがあり、久しぶりに鈴木が温かい家庭になごむ姿がほっこりする。殺し屋にもこんな生活があったのだとね…
ところが、これがまたとんでもない どんでん返し になる。
おったまげー!
また、登場人物それぞれに暗示的な言葉がこの物語に色を添える。
鈴木は「妻の声」が救いとなって聞こえ、鯨 は「罪と罰」の本の中の一文が今の彼の心境に符合する。
そして 蝉 には雇い主の岩西が口癖のように言う「ジャック・クリスピン」(実際には架空の人物)の言葉が暗示的に入る。
作者は、とても巧みに彼らの心理状態を暗示的に表している。
私が 喜劇風なところがある小説 と言った例を挙げると、鯨が今まさに自殺させようとしていた男が鯨に言うセリフが面白い。
鯨は、小説というものは1冊しか読んだことがない。それが「罪と罰」。
いつでも持っている。
何度も何度も読んでいるので破れて読めなくなったら買い換えて、もう5冊目。
自殺しようとしている男が「題名を逆さに読むと、『唾と蜜(つばとみつ)』になるんですよ」ってさりげなく言う。
今まさに死のうとしている人間とのやり取り。何の緊張感もなく普通に話している二人。
本当に、サスペンスなのかハードボイルドなのかはたまた喜劇なのか、不思議な小説でした。😊