斎藤茂吉「赤光」より

 

  折りに触れ   明治三十八年作

   霜ふりて一(ひと)もと立てる柿の木の柿はあはれに黒ずみにけり

 

   さ庭べの八重山吹の一枝散りしばらく見ねばみな散りにけり

 

   かたむく日すでに真赤くなりたりと物干に出てて欠(あくび)せりけり

 

   ゆふさりてランプともせばひと時は心静まりて何もせず居り

 

  地獄極楽図   明治三十九年作

   人の世に嘘をつきけるもろもろの亡者の舌を抜き居るところ

 

   罪計(つみばかり)に涙ながしている亡者つみを計れば巌より重き

 

   白き華しろくかがやき赤き華あかき光を放ちいるところ

 

   いるものは皆ありがたき顔をして雲ゆらゆらと下(お)り来るところ

 

  折に触れて  明治三十九年作

   岩の秀(ほ)に立てばひさかたの天の川南に垂れてかがやきにけり

 

   天(あめ)なるや群(むら)がりめぐる高ぼしのいよいよ清し山高みかも

 

  虫   明治四十年作

   あきの夜のさ庭に立てば土の虫音はほそほそと悲しらに鳴く

 

   花につく赤子蜻蛉(あかこあきつ)もゆふされば眠りにけらしこほろぎのこえ

 

 

 

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  「天(あめ)の世」と「人の世」の相関関係をつくづく感じさせるうた!