茅舎水を買う「氷苦く偃鼠が喉をうるほせり」  芭蕉

 

「茅舎」(ぼうしゃ)は、芭蕉庵。「偃鼠」(えんそ)は、もぐら・どぶねずみ。

 

深川は水質が悪く、当時舟で飲料水を売りに来ることがあったらしい。

夏の季語にもある「水売」あるいは「冷水売」と違って、これは生活必需の水

を買うのである。

その、水を買わなければならないような深川の庵住の生活を、寓言によって

表現した句。

 

『莊子』逍遥遊篇に、「鷦鷯(ミソサザイ)深林二巣クフモ一枝二過ギズ。

偃鼠河二飲メドモ満腹二過ギズ」とあるに拠る。どぶ鼠が大河の水を飲んでみたところで、小さな腹を満たすに過ぎない、ということ。

ささやかな住居を「巣林一枝」と言い、少量の欲望を「偃鼠の望」と言う。

 

自分は河の水を飲む偃鼠のように、ごく少量の水を欲するだけであるが、それも

自由には得られず、買って飲んでいる始末なのに、寒中には買っておいた水瓶の水も

氷って、それを噛めば苦い味わいで、この偃鼠のような自分の咽喉をうるおすばかりだ、という程の意。

 

水の冷たさ、苦さの中に、この庵住の生活の侘びしさが身にしみるのである。

寓言仕立てで「偃鼠」などと、聞きなれない言葉を使ったが、それに自分の境涯

を託したところが、当時の過渡期の傾向を示している。

 

 

                     「芭蕉 全発句」 山本健吉

 

 

解説によってやっと分かる句。

寓言によって表現した句で、その

『莊子』についての教養がないと、分からない。

 

「鷦鷯深林二巣クフモ一枝二過ギズ。偃鼠河二飲メドモ満腹二過ギズ」

ささやかな住居を「巣林一枝」と言い、

少量の欲望を「偃鼠の望み」と言う。

 

高尚な芭蕉!