間違い     谷川俊太郎

 

    わたしの まちがいだった

    わたしのまちがいだった

    こうして 草にすわれば それがわかる

    

     そう八木重吉は書いた

       (その息つかいが聞こえる)

     そんなにも深く自分の間違いが

     腑に落ちたことが私にあったか

 

     草に座れないから

     まわりにコンクリートしかないから

     私は自分の間違いを知ることができない

     たったひとつでも間違いに気づいたら

     すべてがいちどきに瓦解しかねない

     椅子に座ってぼんやりそう思う

 

     わたしの間違いじゃないあなたの間違いだ

     あなたの間違いじゃない彼等の間違いだ

     みんなが間違っていれば誰も気づかない

 

     草に座れぬまま私は死ぬのだ

     間違ったまま私は死ぬのだ

     間違いを探しあぐねて

 

 

 華原朋美が言った「あなたの心は汚れている」に対して、谷川俊太郎は、心が汚れている者達、間違いに気づいていない者達の代表として

 自虐詩としてこう書いた

 自分は”草に座れない コンクリートしかないから” と言って

 

 華原朋美は以前、幼児の三輪車にまたがって庭を動き回る動画をアップしたことがある

 それを見た時、私はうなった!?

 その動画はまさに象徴、華原朋美の 草に座れる者達の側の人間としての象徴!

 

 草に座るということは 「自然」に寄り添うこと 「幼児」に寄り添うこと

 コンクリートじゃない 機械じゃない コンピューターじゃない 情報じゃない 論理じゃない 計算じゃない、、、、、、、、

 

 ”曖昧で、偶然に満ちた自然世界”の、、、、、、

 

 華原朋美はきっぱり言う 「あなたの心は汚れている」____