現場が苦手な僕、大声でサイリウムを振る姿が自分にしっくりこない僕、他のファンに圧倒され気持ちが閉じてしまう僕は、ファンとして彼女たちの糧になれていない。
多分、彼女たちは「そんなことないよ」と言ってくれる。
「出演したテレビや映画を見てくれてありがたいです」「ライブビューイングのお客さんもありがとう」「CD買ってくれるだけで本当に嬉しい」おそらく色々言ってくれる。全部本音だと思う。それでもやっぱり、現場でファンから貰うエネルギーこそ彼女たちの活力になるのも事実。「ライブを大事にしてる」と口を揃えて言う。
だからこれは自分の考え方の問題。「彼女たちを見ているだけでいい」且つ「彼女たちの力になりたい」と考えてしまう傲慢で遣る瀬無いファンが、現場に飛び込めないことで感じる自己嫌悪。こういう人、もしかしたら意外と多いんじゃないかな。どうだろう。
「心の唯一の支えがアイドルなんです」という、日常生活で他者とのコミュニケーションが上手くいかずに心が痩せ細ってしまっている人。「ライブを全力で楽しんでいる自分」の姿を考えるだけで少し恥ずかしく、ある種の嫌悪感すら覚えてしまう人。そういう人にこそアイドルという存在は、心の中で大きな太陽になると思う。
映像を見て、曲を聴いて、救われているファンがいる。僕もそう。だが「やっぱりライブが一番ですね」と言われて、遂に気付いてしまった。というか、今までは気付かないフリをしていたのだけど。
「対 観衆」の図式とはいえ、ライブでは真正面から「全力対全力」の、アイドルとファンとのコミュニケーションが行われる。「大勢の中のほんの1人」ではあれど、ファンは満足するのだ。なんたって直接、自らの声を届けられるから。
そういう意味では、スクリーンの前で、テレビの前で、パソコンの前でイヤホンをし、爪を噛んでニヤついている僕は「居ても居なくても彼女たちのモチベーションにとってほとんど関係のないファン」である。「そんなことないよ」という声が聞こえてきた。アイドルというより、泣きそうな自分の声だ。
でも、そんなことなくはない。「意味のないファン」とは言ってないから。CDを買うことでお金を落としているし、テレビの視聴率には影響する。僕はやってないけど、ブログでコメントを送ればその声は彼女たちのパワーになるだろう。いろんなルートでファンの気持ちはアイドルたちの利益・喜びに還元される。
ただ、ただそれでもライブに行けない僕は、「彼女たちにとって最も重要で、最も力を入れている仕事に参加出来ない」のであり、それが辛い。
彼女たちにとって最も糧となるのが「ライブ参加」という感謝の伝え方であり、それが出来ない。先ほどチラッと言ったが「傲慢」ではある。
「力を貰ってるから、僕もパワーを届けたい」「ファンとしてアイドルに影響を与えるような存在でありたい」という無意識の傲慢。そこに気付くことで、更に自己嫌悪が進んで行く。泥沼。この文章にオチがないように、ずっとずっと死ぬまで僕は自分の意味について考え続け、多くの嫌いな自分と出会い、ナルシズムとネガティブが渦巻く粘着質な黒い液体の中に沈んで、窒息する。こんな暗いファンたまったもんじゃない。そんな現状から目を逸らす為に、今日もアイドルの曲を聴く。
アイドルとマイナス思考の永久機関。
でも、無理して1度でもライブに行ってしまえば、彼女たちはこんなシステムぶち壊してくれるのでしょうけどね。