今月の12日は、私が敬愛するシンガーソングライター、KANちゃんの命日だった。
月並みだが、小学生の時に友達に勧められて聴いた「愛は勝つ」に痺れて、それ以来のファンであり、後にも先にも彼を越えるアーティストには出会えないと断言出来るほどのKAN狂い。
もちろん洋楽や他の邦楽もたくさん聴いて来たが、やはり最後には彼に戻って来る。
私のKAN狂は家族や友人達にも浸透していて、彼の訃報時は皆から一斉に連絡をもらったものだ(実は海外移住中の為、日本のニュースはすぐには耳に入らないのだ)
2年経った今でも彼の不在は受け入れられないし、彼の歌を聴いたりや動画を観たりすると未だに涙が出て来て堪らない。
でも受け入れる必要はないと思っている、彼の歌は永遠に残るのだし、今はインターネットでいつでも彼に会えるからね。

生前彼は「歌詞を書くのが苦手」と言っていたが、私はそれは盛大な謙遜だと思っている、なぜならメロディーも随一だが特に歌詞、彼が操る言葉が「こんな表現よく思い付くな」と思わせる物ばかりだからだ。
彼の事を一発屋などと呼ぶ不届き者どもよ、己らにKANちゃんの曲をわかってもらわんで結構、一生損して過ごしたまえよ。

時に、高校卒業して以来ほぼ海外に住んでいる私だが、日本から離れてる時間が長ければ長いほど「日本に産まれて/日本人で良かった」と思う。
その理由の一つが「日本語」。
日本語ほど綺麗で深い言語は知らない。
そんな素晴らしい言語を生まれつき身に付けられる幸運に恵まれながらも、あえて壊して行く現代が悲しい。
最早何の事を言っているのかわからない略語、その略語も日本語ならまだしも、中途半端な英単語を使った物などは最悪だ。
部分的な英単語を使ったビジネス用語、例えば「コンプライアンス」「エビデンス」「アバウト」「アジェンダ」など、恐らく英語自体は話せないのだろうビジネスマン達が使うのを見るのも滑稽だ、英単語で言う必要あるの、それ?
そして間違った文法や使い方、特に一番気になるのが「耳障りの良い音」.......「耳障り」とは既に「不快な音」と言う意味なのに、現在は肯定として使われている事にどうも違和感しかない。
そう言えば「真逆」も違和感があるなぁ....、間違った使い方ではないのだろうけど、私は使った事がないや。
先のKANちゃんの話に戻るが、最近の曲はメロディーなどは良いのかもしれないが、私個人的には心に残る歌詞がない、KANちゃんは言葉の使い回しが絶妙なだけでなく、古き良き日本語を綺麗に使っていて、彼の人柄がよく伝わって来る。
あぁこれ書いていて無性にKANちゃんが聴きたくなったなぁ。