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LIFELIKE

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これがエディの本当に最期の姿。


随分痩せちゃったけど、


老衰やガンから解放されてスヤスヤ寝ているようです。


昨日の夜もエディの横に布団を敷いて寝て、


日を越した10月22日、午前1:25にエディが嘔吐 吐血し、


僕が抱き抱えたときにエディの全身の力が抜けガクッとなりました。


その後すぐ、ベッドに寝かせてやったら、


大きな声で、


『ワン!』と最後に声をあげました。


お父さんもびっくりするぐらい大きな声でした。


『ありがとう』


『さようなら』


『ゴメンね』


そんな感じの気持ちが入り交じったエディの最期の声だったと思います。


そこから、


体を拭いてあげて、


口をきれいにして、


爪を切ってあげてってやってたら、


朝方、5時頃になってました。


少し仮眠をして、


朝食を食べ、


朝の9時に火葬場に連絡をしたら10時には引き取りに来るっていう状況でした。


悲しみを感じる前にもうお別れかって…。


火葬場の車が来るまで、


エディの手を握り、


頭を撫でてあげて、


『ありがとう』と言い続けました。


最後に何が自分にできるかも分からなくて
、


でも別れの時間は迫ってて。


もう何年も前に、


エディと散歩していたときに見つけた四つ葉のクローバーを棺に入れました。


燃やすのにダメなのか、御守りやお母さんが編んだレースの肌掛けは入れられませんでした。


最後に棺のふたがされるときにも、


エディの体に触れました。


そしてふたがされ、僕が棺を抱え、


搬送する車に載せました。


僕の頭には、


エディを譲り受けた1998年4月10日、


友達に車を出してもらい、抱っこしながら八王子から府中の僕の家まで連れてくるときのことが、


強く頭に浮かびました。


僕が連れてきたんだ。


そして、最期、僕が棺を抱き抱えて送り出すんだって。


車に載せて最期の別れの時は、


涙も声も止められなかった。


40年間生きてきて最もつらい別れでした。


でも、エディはお母さんのサニーと天国での再会を喜んでいるでしょう。


生みの親、ブリーダーのMさん、


そして、育ての親である僕たち家族と暮らせて、


エディも幸せだっただろうし、


僕も幸せだった!


心から『19年、ありがとうね!大好きだよ!』と伝えたいと思います。


ブリーダーのMさん、


これまで応援してくださった皆様、


そして一緒に頑張ってくれた、


お父さん、


お母さん、


兄ちゃん家族も、


本当に本当にどうもありがとうございました!


やり切った!


感無量です!







エディが亡くなる前、火曜日にスクラッチくじ買って、


今それに気付いて削ったら、


5000円当たった😊


何だろう⁉


エディが最後に当ててくれたのかな?



こんなこともあるんだね😸