「らくがきらぼんば 」ヨガインストラクターらぼんばの日常の一コマの絵日記、音日記。 -2ページ目

「らくがきらぼんば 」ヨガインストラクターらぼんばの日常の一コマの絵日記、音日記。

東京、松戸、柏でスピリチュアルなヨガとパワフルな瞑想のレッスン開催してます。
「らぼんば」ことヨガインストラクター桧山芳臣の日常の一コマの絵日記、音日記。
   

6時。よく眠れたのかよくわからない頭を看護師さんが元気よく「おはようございます♪」と起こしてくれる。温めた不織布タオルで顔を拭く(不織布だよ!)。ベッドを最大に起こして背中を預け瞑想する。30分ほどで戻ってくることもあるがそのまま睡眠の続きを愉しむこともある。

病室のカーテン越しに外を見て天気が良ければ東側にある窓のある場所まで歩いて行って椅子を出してサンゲイジング(太陽凝視)することもある。



共用の大型テレビで患者の誰かが朝の番組を流していることもある。その共有スペースに飲み物の自販機と熱いお茶と冷たいお茶を淹れることのできる給湯器が設置してある。保温カップに一杯の熱いお湯を満たし病室に持ち帰って朝のコーヒーを淹れる。ステンレス製のドリッパーに金メッキした

coresゴールドフィルターでもう一つの保温カップにコーヒーを落として朝食と一緒に飲む。



朝食は朝8時には病室に届く。ベッドの脇のテーブルには朝食のトレーと自分で淹れたコーヒー。届けに来たナースのほとんどが「いい香り」と言ってトレーを置いていく入院患者の食事は選択ができるようになっている。と言っても二択なので朝は御飯かパン、昼はご飯か麺かぐらい。一日三食も食べるのは慣れていないので変化が欲しくて朝はたいていパンだ。パンはトーストしてあるわけではなくビニールに入った2枚の食パンが多分電子レンジで温められているモノだろう少しだけ温もりが残っている。当初ジャムの他にマーガリンが添えられていたので栄養士さんに掛け合ってマーガリンだけは辞めてもらった。代わりにジャムの小袋がふたつ添えられている。いちごとかりんごとかブルーベリーとかメイプルとか、別にジャムの原料というわけではなくフレーバーが違うものが2種類着く。トーストしたパンを食べるのは贅沢なんだろうか?チンした食パンとふた皿ほどのおかずを自分で淹れたコーヒーで流し込んで8時過ぎに朝食は終わる。少しして歯を磨いているとリハビリ担当のセラピストが病室にやって来る。今日の予定時間を知らせるだけの時もあれば今からやりましょうという時もある。そういう時は9時前からリハビリが始まる。すぐ始まらない時は病棟内のウォーキングを始める。入院している4階は南側に急性期病棟、北側に回復期病棟があり、ぼく自身も救急搬送されてから1か月急性期病棟にいたが今は回復期(所謂(リハビリ病棟)に移って1か月になる。急性期病棟リハビリ病棟をイヤフォンを着けて音楽を聴きながらひたすら歩く。二つの病棟の間に患者が寛げるようデイルームと名付けた共有スペースやリハビリが出来る小さなスペースとスタッフステーションがありそこを中心に八の字に歩いたり左回り右回りその時の気の向くままに歩く。ambieのイヤフォンは音楽と共に外の音が聞こえるので役に立っている。



時々気以前世話になった急性期病棟のナースに声をかけられたりする。音楽を流しながらの会話も出来る。

何周か歩いたら4階から階段を使って二階に降りる。2階には大きなリハビリテーションルームがある。朝から多くの患者がたくさんのセラピストによりリハビリの施術を受けている。その一角にあるマットを借りてストレッチをする。ストレッチと言ってもほとんどヨガのポーズをじっくり行うのでリストラティブヨガか陰ヨガに近いかもしれない。だいたい3060分ほどやってると手のリハビリの時間になる。動かない左手を重点的に肩や肘と手首と指の2回に分けてスケジュールされている。「手のリハビリ」の他に「言語のリハビリ」を一回、ほかに「足のリハビリ」が一回あってその合間にヨガストレッチとウォーキングをしている。

脳の病気になったわけだが脳を活性化させるのはとにかく体を動かす事が人間の本能らしいので暇があったら病室を出て病棟内を歩くようにしている。セラピストさんと一緒であれば外を歩くのだが単独で外に出ることは許されていない。外を歩くのは一日のなかでもお大きな楽しみのひとつだ。ひろい駐車場の一角にある芝生のスペースを靴を脱いで裸足でアーシングする時。セラピストさんにもアーシングの効能などを説いてついでに世の中の仕組み(俗に言う陰謀説)なども話す貴重な時間となっている。担当のセラピストさんはすっかり農薬や添加物天国の日本のこと、世界でのコロナの茶番やウクライナの陰謀から基本の爬虫類人・ケムトレイルまでカバーするようになった。

手と口と足のリハビリを終えるとお風呂に入る。この病院は以前うちからもう少し近くにあったが古くなったからか現在の場所に移転している。その際に温泉を掘ったそうだ。おかげで毎日天然温泉の大浴場に入ることができる。ひとりで風呂に入ってオーケーと言われ毎日夕方の夕食前にこの天然温泉に入っている。

ひとりゆっくり温泉に浸かれるのは条件や制限の多い入院生活の中でとても良い息抜きになる。

風呂の中で動かない左手と対話する。「ごめんなさい❗️苦労かけたね❗️

警告十分伝わりました❗️

ありがとう❣️

もう大丈夫です❣️

感謝してます❣️

これからも宜しくお願いします❗️」と。


病気になったのは自分自身。

入院したばかりの頃は自分に降りかかるこのストレスに負けそうだった。誰か助けてここから出してくださいと逃げることしか考えられなかった。二か月入院してナースさん達リハビリ担当のセラピストさんは達そして今それぞれの運命を背負った患者さん達と交流してようやくこの状況を受け入れる準備が整ったのかもしれない。

病気は今まで生きて来た証で自らの体が知らせてくれたメッセージ。かなりきつい警告に近いメッセージだったけどこのメッセージをしっかりと受け止めてこれから生きていくのが今のわしの使命なのだ。人はこの世に生まれるのは生きるため。自分自身と生きていくことこそが人生の目的。