白昼夢

白昼夢

過去は過去とは限らない…、未来は未来とは限らない…。
過ぎてしまった未来/これから起こる過去が、螺旋の白昼夢に交錯する。

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昨日は散々でした。

私は自分の仕事場の敷地内の裏庭で、大型犬のソバ太郎を放し飼いしています。

普段ソバ太郎が自由に走り回っているエリアの中に、水道が2箇所、引かれています。

1つは、ソバの飲み水を調達する他、餌皿を洗ったり夏場の水浴びに使うため大活躍。もう1つは、かつて裏庭から続くデッキの隅に洗濯機を置いていた頃の名残で、地面から直角に立ち上がった水道管が洗濯機の高さまで伸びていますが、現在は使っていません。

その後者・洗濯機跡の水道の老朽化した蛇口が、突然外れ、そこから真上へ向かって、もの凄い水圧のお水が、大量に噴き出したから、さあ大変!

いつもは静かなソバがワンワン吠えるので何事かと様子をのぞきに行くと、まるで消防車のホースから放水しているみたいな勢いで、お水が絶え間なく噴出しています。ソバと私は、たちまち頭から足まで全身びしょぬれになってしまいました。

すぐに水道屋さんに連絡して、昨夜のうちに何とか修理してもらったのですが、お水が止まったあとも裏庭のあたり一面の惨状たるや、どこから手を付けていいやら、脱力して座り込んでしまうほどでした・・・。

で、今日は裏庭の甚大な量のお片付けを、たまたま仕事がお休みで在宅していた夫が私の仕事場へやって来て、引き受けてくれることになりました。

夕方までかかってまとめたゴミを何袋にも分け、スタッフに明日ゴミ出ししてもらうおうと、終業後スタッフ皆が帰ったあと、真っ暗で無人のスタッフルームの扉を開けると・・・

ん? 「熱い!」「焦げ臭い!」

見ると、スタッフルームの電気ストーブが消し忘れて点いたままになり、その上に、誰かが脱いだカーディガンがハンガーから落ちて、袖がチリチリ焦げているではありませんか!?

青ざめながら直ちにストーブを消し、今にも炎が燃え上がりそうなカーディガンを、洗い場のシンクに張ったお水へ沈めました。

すんでのところで、危機回避。
あと数分、タイミングがずれていたらと思うと、ゾ~ッ。

「でもね、今日の火事は、昨日の水が消したんだよ」と、夫が言いました。考えてみれば、確かにそうかもしれません。

奇しくも私が「消防車の放水みたい」と感じた、あの大量のお水漏れがなかったら、夫は今日、私の仕事場にいなかったし、スタッフルームへゴミ袋を運んで立ち入ることもなかったはずですから。

不思議な巡り合わせに、一触即発のところを助けられました・・・。

エアコンを設置してあるのに足元が寒いからとストーブを持ち込んでいたスタッフには消し忘れを注意しましたけれど、まだドキドキしています。





長女がミドルスクールの頃、学校から帰るなり、ハサミで画用紙をチョキチョキ切ったり、せっせと色を塗ったりしていたことがありました。聞けば、フランス語の宿題だそうです。


工作道具を動員して熱心にこしらえていたのは、タロットカード。


もちろん、フランス語の宿題ですから、カードだけで終わりじゃなく、それぞれの解説文をフランス語で考え出して暗誦する付録つき(というか、こちらが本題)です。


みんなのカードをクラスに持ち寄り、タロット占いをして、カードにまつわる運命をフランス語で告知するゲームに参加するための準備だとか。


仕上がった5枚のカードのうち、娘が 「これが一番、会心の出来栄え」 と示してくれたのは、真ん中にユーロ紙幣が描かれた 『お金のカード』 でした。


どうしてユーロ紙幣かと問うと、「だって、日本円やスイスフランやオーストラリアドルより、外国のお金のほうがカッコイイでしょ?」 と作者の弁。


その回答に、「ふぅん、なるほど!」 と、私は妙に納得したのでした。


「カッコイイ」 の部分に反応したわけではありません。キーワードは、「外国のお金」 というところです。


娘の挙げた3つの通貨のうち、後2者は、私にとっては、まぎれもなく 「外国のお金」 です。しかし娘にとってはそうでなく、日本円はお年玉やお祝いごとでいただくお金、スイスフランとオーストラリアドルは普段お小遣いで使ってきたお金で、いずれも 「自国(自分?)のお金」 という感覚なのだと気付かされたのでした。


娘にとっての 「外国」 は、スイス時代に同級生たちと学期毎のショートトリップで出かけたフランスやイタリアです。1~2週間ほどの旅行の時だけ特別に先生からもらって手にするユーロが、ちょっと晴れがましい気分とともに心に残る、「外国のお金」 なのだなあと、私は思い当たりました。


もしかしたら、外国通貨に対するこういう感覚って、外国語を自国語みたいに 「使いこなす」 のと似ているのでは、と考えてしまったのは、飛躍しすぎでしょうか?


たぶん、小さい頃から馴染んで育ったこれら通貨も、英語とフランス語も、日本円や日本語と並んで、娘にとっては 「自分の普段使い」 になっている点で、共通なのかもしれません。


娘とのなにげないやり取りの中に、低年齢留学のもたらす不思議な一面を突き付けられ、「幼くして留学した子供の身近にしみつくものは、言語のみならず」 という事実を、新たに発見した私です。


「使いこなす」 って、そういう意味だったのか! と、目からウロコみたいに閃き、ゴックンと呑み込んだのでした。





休暇が終わって大学へ戻る直前だった次女と、ある博物館で開催中の 『日本のファッション展』 へ。


実は若かりし10代の一時期にバリバリのカラス族だった私、とても懐かしくワクワク見ていたら、すいている会場なのに私たちと似たペースで一緒に回る初老の女性あり。ボブの髪に、今やオールドスタイルとなった創生期の川久保玲さんの作品かとおぼしき装い。お顔に覚えが…?


記憶の糸を、ぐるぐるたぐり寄せる。

少しお年を召したけど、昔よく足を運んだコムデギャルソンの売り子さんでは!?


ひとときそばにピッタリ連れ添って歩く彼女を横目に声をかけようかどうしようかと迷っているうちに、かけそびれたまま出口が近づき見失ってしまった。


あとから娘へ、「まるで三人で来たみたいだったね。ほら、お隣で見てた素敵なおばさん。あの人は確か○○さんというお名前で、ママがあなたくらいだった時いつも行ってたコムデギャルソンのブティックでずいぶんお世話になってね…」 と、思い出話をしかけた私に、娘から返ってきたのは、驚愕の反応。


「…ママ。私たちのそばにはほとんどずっと、誰もいなかったよ」。


ええ~、本当に?