HANTAN半分コ。 -12ページ目

HANTAN半分コ。

孔脳症•ウエスト症候群の娘との日々。。。

マイノリティーでも気にしない♫
自分の速度で!

面倒臭がり屋のenid(母)とHANTAN(娘)と、たまにHANTAN父のお話。 

 14日の土曜日に家族全員で急遽、海に行きました。

それは、ミッチーと最後の思い出をつくる為に。



先週の火曜日に、急に痙攣発作を起こし。
あれよあれよと言う間に、自力で立つ事も歩く事も出来なくなり。
呼吸も荒くなり、食事も食べられなくなりました。

一時は、年齢や犬種を考えて
(ゴールデン11歳。ゴールデンは、遺伝的に弱い体質と言われてます)

「このまま見送ろう、、、」と、思いましたが。

苦しむ狭間で、時折見せる

いつもの力のある眼に、私は1人で14日にミッチーを病院に連れて行きました。

まさかの、全身に癌が出来ており。
痙攣発作の強さや、発作後のミッチーの様子から考えると、脳にも転移していると思われました。

でも、火曜日の朝まで。

食欲も運動量も、いつも通りでした。

痛がる素振りも、辛そうな素振りも無く。
気が付いてあげる事が出来ませんでした。

「犬はね。飼い主に喜んで欲しくて、辛さを隠すんだよ」と、先生に言われました。


「体力のある子で、1週間かな」と。



家に帰り。

急いで、ミッチーの大好きな海に家族で行ったのです。

HANTANが産まれる前は、散歩がてらしょっちゅう海に行ってました。
HANTANが産まれてからも、夏場に一度は海に行ってました。
※若い頃のミッチー。


ただ、去年の夏は行けておらず。

今年は、HANTANのパルスも終わってる事だし。
皆んなで海に行こう!

と、言っていた矢先でした。


海に着いたら、ミッチーを抱っこで浜辺に連れて行きました。

HANTANよりも軽くなった体重に、涙が止まりませんでした。

もう、意識も混濁しているはずなのに。

自分で首を上げて、海の匂いを嗅ぎ
風を感じていました。


流木で遊ぶミッチー

海で泳ぐミッチー

全力で走り回るミッチー


海には、ミッチーとの楽しい思い出が沢山詰まっています。


そして、帰宅し。

バニラアイスをひと舐めし。


翌朝、吐血した血溜まりの中で最後を迎えていました。

五時に確認した時は、まだ息があり。
なのに、私は二度寝してしまい。

ミッチーを1人で逝かせてしまいました。

触れるとまだ、温かく。

ただ、ただ。

眠っているようでした。



翌日、火葬し。
今は、家に居ます。


※これから先は、非科学的な話しになります。
興味がある方のみ、どうぞ。


ミッチーに関して、後悔だらけな飼い方をしてしまっていたので。
別れも、とても辛いものがありました。

以前にも書きましたが、元々は室内犬だったのに。
HANTANの気管切開のタイミングで、外で飼う事になりました。

私は毎晩、カーテンを閉める度に。

「何故、僕だけお家に入れないの?」

と、ミッチーが訴えているようで。
この四年間、本当に辛く思っていました。

HANTANがサクションが必須になってからは、ミッチーに触れる事自体、格段に減ってしまいました。


散歩だって、ブラッシングだって。

もっともっと、してあげたかった。

ミッチーも、して欲しかったと思います。

ご飯より、オヤツより。

人が大好きなミッチー。

そんなミッチーが、1人で外で暮らさなきゃならない事は。とてつもなく辛かったと思っていました。


これから出棺と、いう時に

旦那さんが一点を見て集中していました。

そして、みるみる顔がクシャクシャになり、咽び泣き始めました。

ミッチーからのメッセージを受け取る事ができたのです。


enidちゃんの身体が心配です

美味しいご飯を毎日作ってくれてありがとう

オトータンは病弱だから身体が心配です

HANTANの体調がとても心配です

僕の分までHANTANを大切にしてあげて



不出来な飼い主に、恨み辛みこそあれ。

最後の最後まで。
私達の心配だけをして逝ったミッチー。

ミッチーから貰った愛情と

私達がミッチーにしてあげられた事


あまりにも、ミッチーから貰った物の方が多過ぎます。

火葬が始まり控え室で放心していると、オトータンが水をガブ飲みし始めました。

普段、珈琲やジュースを好むオトータンが水を飲む事は大変、珍しく不思議に思って見ていたら。

「ミッチーが上に行く為に、俺の身体を通して水を飲んでるんだ」と。

そして、ミッチーは上に行く間にも沢山のメッセージを残してくれました。

HANTANが産まれた当初は、好意的な態度だったミッチーが。HANTANが成長する毎に、距離を置くようになっていたのですが。

子供が苦手なのかな?

自発的に接して来ない(出来ない)HANTANと、どうやってコミュニケーションをすれば良いか、解らないのかな?

と、ずっと思っていました。

ミッチーは、

自分の毛や汚れがHANTANの身体に悪いと思って、近づかないようにしていた


と。

私は、何気無く発していました。

掃除してもしても、ミッチーの毛は沢山あるねー

毛が付くから、HANTANに近寄ったらダメだよ

私の何気ない言葉が、どれだけミッチーを傷付けていたか。

後悔してもしきれません。

私は未だに、この言葉が突き刺さっており。
一生、忘れずに生きて行こうと思ってます。


他にも、

自分の兄弟の何匹かは、もう上に居る

産まれた家に挨拶に行って来る

寿命を考えれば、どうしたって僕が先に逝くのは当然なんだから。そんなに悲しまないで。


沢山の感謝と愛情を残して、ミッチーは上に行きました。

オトータンが、

「あ。今、上に行ったわ、、、」

と。




こんなに、優しくて穏やかで人が好きな犬は、中々居ないと思います。

飼い主が力不足でした。

後悔ばかりが残ります。


ミッチーを介護したのは、実質5日間だけでした。

私がふざけて、

HANTANが居て大変だから、我が家は全員ピンピンころりで!

なんて、言っていたのを実行したかのような最後でした。

最後ぐらい、もっとお世話させてくれても良いのにさ。
倒れた後だったけど、ミッチーが家に居る事がとても嬉しかったよ。

自分が死んだ後。

絶対、ミッチーに逢いたいので。
自分の残りの人生、ミッチーと同じ所に行けるように。

精一杯、命を大切にして生きようと思います。




最後に私が体験した、少し不思議な話し。

オトータンが飲み残した水を、飲んだのですが。
物凄く甘くて、驚きました。
低血糖になったオトータンが、スティックシュガーを入れて飲んだと思って確認した所。
単なるウォーターサーバーの水だとの事。

ふと、思い出しました。

仏様が口にした物は、味が変わっていると。

江原さんが言ってたっけ。



先代の犬を見送った時は、3年間ペットロスになりました。
そんな私を癒してくれたのも、ミッチーでした。

お腹の子供の脳に異常があると判明し、鬱屈した妊娠後期にいつも寄り添っていてくれたのもミッチーでした。

でも、今の私はペットロスになる暇も有りません。

HANTANが居て、殿も居ます。

殿は、苦しみながら力果てるミッチーと、同じ場所に居て全てを見ていたので、トラウマになっています。

今、殿まで逝かれたら。

流石に、私の精神状態はヤバイです。

ミッチーの言葉通り。

HANTANや殿に、今まで以上の愛情を持って接し。

自分の身体を大切にして、過ごして行こうと思います。


ミッチーありがとう。
心の底からありがとう。