十人十色のブログにようこそ❣️
今日はちょっと重い内容なので
読みたくない方はスルーしてね
母の誕生日
本人が分かるかどうか
喜んでもらえるかわからないけれど
少しでも気持ちが上向けばいいと思って
プレゼントを選んで
私は有料老人ホームに向かった
父に一緒に行こうと誘ったが断られた
母が老人ホームに入った経緯について触れておこう
母は一年と数ヶ月前に突然倒れ
心臓が機能していないことがわかって
ペースメーカーを入れた
その後急速に心の状態が変わっていった
心気症と認知機能の低下
食事について食べられないこだわりが強くなり
食事量がかなり減った
家で世話をしている妹や父は工夫をするが
申し訳ないと言いつつ拒否されるので
食べられるものを用意するのかにかなり困っていた
加えて便が出ないと常に悩んでいた
転んでは精神科に入院すること2回
食べないことは生存を脅かされる
老人ホームが最適解だった
場所は私が通った小学校や中学校の近く
懐かしさが込み上げてくる。
ホームの呼び鈴を押して面会のお願いをすると
スタッフの方が
「今トイレにいますのでお待ちください。」
と席を用意していただいた。
待っていると程なく
母は怪訝な顔でやってきて
「大変なことになる」と繰り返す
誕生日おめでとうを伝えても
プレゼントを渡しても
プレゼントをチラッと見たけれど
袋から出しもせずに
「そんなことより大変なことになる」
「病院で縛られた」
「お金もたくさん請求が来て払えない」
「ここも追い出される」
と次々に不安が出てくるようだ
私に一緒にいて欲しいと言う
私の中に老人ホームに泊まれるという考えは無かったので困ったのだけどそのまま
食事の時間になったので老人ホームを後にした。
プレゼントは受け取って貰えないまま
母の言う内容の確認のためにそのプレゼントを持って自宅に顔を出した。
父が迎えてくれた。
妹はフルタイム勤務のため遅くなるという。
父に聞くと
お金はその都度払っているし
払えなさそうならそもそも受け入れて貰えない。
私もそう予想していたので安心したのだけれど。
母は大人しく、縛られるタイプの人では無かった
入院時に病院で縛られたと聞いた時にも
「どうして?」
が浮かんだのだけど
トイレが近くなった母が何度も部屋を出るので
人手が足りない夜間は徘徊して事故が起こることを防ぐために拘束されたのかもしれないと思った。
モヤモヤしながら帰宅したのだけど
facebookで佐々木淳氏の投稿に出会った。
部分参照したい↓
「帰る―! 帰る-!」
80代の女性が髪を振り乱して、悲壮な表情で自動ドアの前に座り込んでいた。〈中略〉生活力の低下を心配した家族の意向によって有料老人ホームに入居することになったのだ。彼女は施設に転居することを事前に説明されることなく、離れて暮らす子供の家に遊びにいくつもりで自宅を出発、そのままここに連れてこられていた。
(ここは私の実家では説明していたと思うが、母が理解していなかった可能性が高い。)
それから彼女は毎日、施設の中を歩きまわり、出口を探した。
なぜ突然こんなところに閉じ込められたのか。家に帰らなければならない、家に帰してほしい。彼女にとっては当然の要求だ。しかし、施設の介護スタッフにとっては目が離せない、介護を拒否する、手のかかる認知症の入居者。
家族が迎えに来てくれるはず。それが彼女の唯一の希望だった。〈中略〉
この骨折という事件も、不慮の事故というよりは、彼女が自分の想いを誰かに伝えようとした結果なのかもしれないと。
「家に帰りたい」という気持ちに蓋をすることはできない。薬を処方することは彼女の口を塞ぐこと。自分の想いを誰にも伝えることができない状態で、身も心も死ぬまで閉じ込められている。そんな人生が彼女にとって幸せだろうか。〈後略〉
これを読んで母はこの気持ちなのではないか?
自分の食べないという行動がこの有料老人ホームに頼るという事態を招いていて、それは私たち家族の母の生存を願う気持ちなのだけれど、母はわかっていない。
話す言葉も一方通行で意思の疎通が出来ない状態。一緒に暮らしている家族は疲弊しているのだけれど、母に生きていて欲しい。その気持ちが今のカタチなのだ。妹の負担もかなり大きい。
母の気持ちが安らぐために私に何が出来るのだろう。
引用した佐々木淳氏のfacebookの事例はお孫さんが提案をされていた。
まだまだ考えてみたいと思う。
実家に帰った時ついでに父の昔話や恋バナを聞いてきた
私はこんな話を聞くのが好きなんだよな
人に歴史あり。この流れが私たちや更に子どもたちにつながっている
