寝むれないとき、
みんなどうするのだろう?
俺は、隣で寝てる
こいつのことを考える。
(冷たいな…)
さっきまで、あんなに
熱く火照っていた体が、
俺に回されていた腕が、
静かに胸の上で上下している。
頬にふれると、邪魔をするな、
と言うようにギュッと目をつぶる。
黒髪を指に絡ませながら、
感じるいとおしさ。
こいつがいなくなったらどうしよう。
俺はどうなるんだろう。
大好きだった。
そう、大好きだった。
次の朝、達也はいなくなった。
「よっ!信!」
「…はよ」
自転車で軽快に過ぎていく同級生たちを
とろとろ歩きながら見送る。
あれから半年たった。
大学三年生だった俺も、もう四年生だ。
桜がちって、緑の覆い茂る葉っぱばかりの
並木道は、大学の門へと続いている。
あの日の朝、すぐに達也に電話をかけた。
女が出た。
「達也なら、私と一緒にいるわ、
今お風呂にいってるけど。
何か伝えておこうか?」
何も答えずに、そのまま切った。
噂を聞いたことがある。
達也には地元に美人の彼女がいて、
彼女は病気で入院してるらしい。
でも俺は信じなかった。
だって、俺と一緒にいたから。
クリスマスも正月も一緒にいて、体も重ねた。
一年だ。そこに他の女の入る余地があるか?
それから何度かけても達也が
電話に出ることはなかった。
もちろんあの女も。
俺はケータイを変えた。
アドレスも、番号も。
部屋は…達也と住んでたときのままだ。
…情けな。
「これ、なんなの?」
特に興味もないけど、
何も聞くことないし、
というふうに窓際の
サボテンを指差す、今の、俺の彼女。
「…ただの観葉植物」
言いながら、押し倒して舌を絡ませ、
素早く服をたくしあげてホックを外す。
それは達也が買ってきたやつだ。
『なぁ、サボテンてさ、砂漠で
生きていくために、トゲトゲあるんだぜ、
知らなかったろ?おれの勝ち!』
(…知るか)
「…んっ、は」
女が漏らす吐息を、
口をふさいで押し殺させる。
声をたてるな。
…達也じゃない。
いつ、帰ってくる?
「…であるから、1452年の…」
世界史の授業ほど退屈な
ものがあるのだろうか。
履修科目にあるのが疑問で仕方ない。
「おーい、なに、ぼーっとしてんの?」
隣に座ったのは、学科が一緒の篠田。
「別に…」
「そういや、お前きいた?
達也を街で見たらしいぜ、高山が。
お前ら仲良かったからさ、
教えてやろうとおもっ…おい、信!?」
ドアを蹴破らんばかりに飛びだした俺は、
教授の怒鳴り声もにも振り向かず、走った。
街ってどこだ。
「はは…、バカみてぇ」
家に帰った俺は、ベッドに倒れ込んだ。
全部回った。新宿も、渋谷も、全部。
いるわけない。見つかるわけないんだ。
俺はもう用がなくなったから、
あいつはいなくなった。それだけ。
「…くっ、っ…」
声を押し殺して泣いた。
もう諦めよう。
もう、終わりに。
窓際のサボテンが床に落ちて、割れていた。
あれから五年。
立派に社会人になった俺には、今、彼女がいる。
もう声を出させないなんてことはしない。
いい女だ。優しくて、器用で、賢い。
俺にはもったいない。
「いってきます」
「うん、気を付けてね」
先に家を出た俺は
…見つけた。
達也だ。
ジーンズにジャケットという
シンプルな服装だが、短めの黒髪。
「たつ、や…」
その男は、ぱっと振りかえった。
「信…」
俺は、反対に歩き出した。
今さら何もない。
腹も立たない。
会社に遅刻する。
「信!待って、ごめん、あの時…」
駆け寄ってくるが、足を止めない。
来るな来るな来るな
もう終わったんだ。
今、達也から逃げ出そうとしている間にも、必死に
どんな顔か思い出そうとしてる。
それすら思い出せなくなるほど、やっと、忘れた。
「もう、死んだんだ、美咲、死んだから!
だから帰って…うわっ!」
「ちょっ…!」
パシッ
危うく転びそうになった達也に
手を貸してしまった。
死んだ?
あの噂、本当だったのか
病気の恋人がいる、という噂。
「…それで?それが俺と
なんの関係があんの?」
達也は一瞬ぱっと目を見開いて、
悲しそうな顔をした。
「おまえに、会いに」
困ったように、寂しそうに達也は笑った。
「でも、ごめん。もう、あの頃と
同じじゃないよな。俺…何やってんだろうな、
帰るわ、ごめ……っ!」
キス。
そして抱き締める。
パキッと骨のなる音がした。
許せなかった。お前も、俺も。
達也を忘れてくことが許せなかった。
そしてこれから、彼女に別れを
告げるだろう俺がとてつもなく
許せなかった。
そうだ、達也はこんな顔だった。
こんなに弱くて、暖かかった。
達也を忘れたことなんかなかった。
眠れない日はお前を思い出した。
お前はどうだ、俺を毎日思い出したか?
死にそうな彼女を前にして、
俺のことを想ったのか。
だとしたら…それだけでこの
五年と半年は、チャラだ。
「信…?」
「お前なんか…」
柔らかく微笑むのがわかった。
熱い、手。