岩波書店『世界』2021年1月号に、刊行75周年として、以下の詩が寄稿されていました。
幼い頃、はじめて地球儀を見た際、世界がとても狭く感じ、ひどくがっかりした記憶があります。
他方、大人になり、そんな気持ちのまま日本を飛び出し、いざ全く知らない人としゃべる機会が増えるにつれ、なんと世界は広いのかと思い知りました。
以降、日本にいても、デスクにいても、研究室にいても、ヨガをしていても、部屋でごろごろしていても、どこにいても、広大な荒れ地の中の端っこにポツンと自分が立っている感覚で生きるようになりました
世界を知るというのは、自分自身が生きている世界を相対的に見つめ直すことにほかならないことと今は感じています。
いくら時間があっても、いくら多様な情報や機会と巡り合っても、世界を知り尽くすことはできないのだと。だからこそ、人々が表現する無意味な訴えひとつひとつを受け止め、真摯に向き合うことが重要で、そうありたいと思っています。
以下、引用です。
谷川俊太郎「少年と世界」
少年は世間より先に
世界に目覚めた
今日より先に
永遠を知ったつもりでいた
自作の短波ラジオから
海を越えて遥かな声が聞こえ
机の上の地球儀の世界は
プラネタリウムの宇宙に直結していた
見知らぬ地平に憧れと畏れを抱き
目をつむって音楽に溺れ
言葉の網の目にからまれながら
無意味の深みに生きて
落語に笑いながら泣きながら
少年はリンネを無視して
名もない野の花々の種子を
言葉の土壌に撒き続ける
生の賑やかな混沌のうちに
終末の静けさがひそんでいる
いつか老いて神を名付けるのを拒み
彼は落ち葉の寝床にやすらぐだろう

