私の実家にはユスラウメが植えられていた。小学生の頃、この木は高さ2m、天頂3mぐらいになっていた。入梅の前後に、サクランボを二回りか、三回り小さくした赤い実を沢山つけた。実が熟する頃、夢中になって採り、幾つもの実を頬張って、連続技で、タネを飛ばすのが楽しみであり、得意だった。ただこの木には「イラジ」と呼ぶ、2、3㎝の毒毛虫がよくくっついていた。触らないように注意しているが、実の採取に夢中になると、注意がおろそかになって刺されてしまうということになり、シーズンに1、2回は手を腫らすことになる。そのことで医院を訪れた記憶がないので、売薬の皮膚薬を塗って、1週間ほど辛抱したのだろう。私の家には、「グミ」の木がなかった。近くの家で大きなグミの実がぶら下がっているのを見ると羨ましくてならなかった。家人に言うと、グミを食べ過ぎると、お尻が詰まるとおどかされて、結局いつも「隣の庭」の実。そのせいか、今でもグミには憧れがある。ところが、15年ほど前に、懐かしくなって植えたのはユスラウメだった。狭い庭で剪定してばかりだが、この時期には実をつけてくれる。老夫婦の所帯なので、昔のように実成りを楽しみにしているわけでもなく、採取を忘れて、実が落ちるに任せる年もある。今年は熟すのを待って、実を採取した。どんぶり鉢に一杯弱になった。赤黒く熟したものは甘さがある。そんなのを選んで食していると、室内で飼っている老犬がうたた寝から覚めて、鼻を潜望鏡のように持ち上げる。この犬は我が家に来て10年余、17歳半で昨年から盲目になってしまった。その時に気付いたが、耳もすでに不自由になっていた。歯もかなり抜け落ちて、餌をかみ砕くのに苦労している。臭覚だけは未だ大丈夫そう。特に柑橘類が好きで、その他の果物にも目がない。でも、ユスラウメに反応するのは意外だった。臭覚が鈍くなった私にはユスラウメが香っているとは思ってもみなかった。種を取り除き、少ししがんで果汁が残るように手のひらにのせ、鼻面に持っていくとうまそうに食べる。その姿を見ていると、今年は採取の甲斐があったような気がする。

 

写真 ユスラウメ    撮影 20210614