私は運転中にCDをつけることが多い。高速道路で運転するとき、私が気をつける点の一つは「リベルタンゴ」(ピアソラ作曲)と「スペイン狂詩曲」(リスト作曲)を絶対にかけないことである。この2つの曲を聞きながら運転をすると、つい快調にアクセルを踏みたくなるのである。
最近、と言ってもこの2年ほど車の中にほぼいつも載せているCDの一つがヴァイオリニスト、柴田奈穂さんの奏されるものである。拙宅の近くの小さなホールで彼女の演奏を聴いたのは、15年ほど前だろうか。近頃は時間に対する感覚が鈍くなっているので、20年ほど前だったかもしれない。タンゴ好きの私がポスターを見て、ホールに行ったに違いない。演奏は荒削りだと思った(素人が上から目線のような言い方をして、すみません。)が、もう一度聴きたいと思わされるものを感じた。二度目はホールのオーナーに彼女が来られることを教えられて聴きに行ったように思う。1、2年後ぐらいだった。ブエノスアイレスの香りがしていた。「どうだった?」と聞くオーナーに、「とてもよかった。感動したよ。」と答えた。オーナーもにんまりとしていたように思う。その後も彼女は時々このホールに来て下さった。トリオだったり、クインテットだったり、編成は替わっていたが・・・。これまでに5回以上(10回近く?)演奏を聴いてきたように思う。その間に、彼女は何度もアルゼンチンに渡っておられたようだ。しばしば演奏終了後に、演奏家と触れる機会が作られるが、喋るのが苦手な私はこれまで一度か二度しか話を伺っていないと思う。だから、彼女の歴史は知らない。猫好きだというのは、話を伺った妻から聞いたこと。演奏を聞く機会ごとに、巧みさが深まっていくようで、いつも感動し、外れることがない(素人が評価して、すみません)。
彼女のCDを何枚か、持っている。オリジナル曲の多い、クインテット「ラストタンゴ」のCDもよく聴くが、ずっと車中に置いて楽しんでいるのはピアノとのデュオ「Bs. As. Tokyo Connection」というCD(写真1.)。Bs. As.はブエノスアイレスのことだろう。ヴァイオリンは柴田さん、ピアノはNicolas Guerschberg(ニコラス・ゲルシュベルグ?)氏、曲によってはバンドネオンが加わる。演奏曲目はよく知られたものが多い。ヴァイオリンもピアノも素晴らしい。これほど優雅な「リベルタンゴ」を聞いたのは初めて。こういう演奏もいいなと思った。これなら高速道路を運転中に聞いていても飛ばし過ぎはしないだろう。むしろ聴き入ってしまうことのほうが心配。「さよならノニノ」はピアソラが異郷で父の訃報に接して、一晩で書き上げた曲と聞いたと思う。最初にピアノのカデンツァがあって、これが美しい響きで心に染み入る。そして、聞きなれた旋律。そのほか、ヴァイオリンの聞かせどころの多い「鮫」(ピアソラ曲)はCDのタイトル通り、アルゼンチンと日本の香りが溶け合っている。柴田さんとGuerschberg氏のオリジナル曲も二つずつ録音されている。それらを含めて、どの曲も何回聴いても飽きが来ず、ほぼいつも車載している。
写真1. CD「Bs. As. Tokyo Connection」のジャケット