私たちは、日々の生活の中で、
自分の心臓の音を聴くことがほとんどありません。
それは、あまりにも当たり前にそこにあり、
あまりにも近すぎて、
意識の網に引っかからないからです。
しかし、もし一度でも、
その音に静かに耳を澄ませてみると、
世界の輪郭がわずかに変わる瞬間があります。
私は三年間、
毎日、心音を聴き続けてきました。
特別な儀式でも、修行でも、医療でもありません。
ただ、自分の胸に聴診器を当て、
そこに響いているものを感じるだけの、
とても静かな行為です。
けれど、その静けさの中で、
私はひとつの確かな感覚に出会いました。
「心音は、ただの鼓動ではない。
響きであり、ゆらぎであり、
世界とつながる入口である。」
心臓の音は、
生命の始まりに最初に生まれるリズムです。
そしてそのリズムは、
私たちが生きている限り、
一度も止まることなく続いていく。
その響きに耳を澄ませていると、
やがて気づく瞬間があります。
「この響きは、私だけのものではない。」
風の音、
街のざわめき、
人の声、
光の揺らぎ、
呼吸の深さ、
細胞のざわめき、
そして、宇宙の始まりの微かな残響。
それらが、
まるでひとつの大きな“場”の中で
共鳴し合っているように感じられるのです。
私はある日、
ふとこんな直観に出会いました。
「ビッグバンは爆発ではなく、響きだったのではないか。」
宇宙の始まりの響きが、
時空を超えて、
いまも私たちの胸の奥で鳴り続けている。
そう考えると、
心音を聴くという行為は、
単なるリラクゼーションではなく、
“宇宙の響きに触れる行為”
として立ち上がってきます。
難しい理論を語るつもりはありません。
あなたの身体の奥にある“響き”が、
あなた自身の感覚で立ち上がってくるように、
静かに、丁寧に、進めていきます。
心音を聴くと、
世界が少し変わります。
その変化は劇的ではありませんが、
確かで、深く、
あなたの生活の質を静かに底上げしていきます。
響きは、いつもそこにあります。
ただ、気づくかどうかだけです。