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   近藤は、悠愛と岳斗と一緒に、校内にある大会議ホールに入った。
   ここに来ることはないと思っていた。特進クラスの生徒はよく使うらしいが、普通科の俺は初めてだった。
   扇形形式、メガホン型とも言われるこの会場は、その名の通り、扇を開いた状態のような形で200人分の席が設けられている。中心部の舞台は、全ての席から見下ろせる形状で、テレビでよく見る国会議事堂のようなホールだ。
   大会議ホールは既に満席だった。だけど、ちょうど舞台を正面にした列の真ん中辺りの席で、こちらに手を振る女生徒がいた。

   ラッキーと思った。手を振ってきた女は悠愛の友人だからだ。三人分の席を確保してくれていたようで、悠愛に連れられた俺は、周りで立っている生徒達に、悪いな、と思いながらも、悠愛を左側に岳斗を右側にして、その席に座った。

   間もなくして、上映前の映画館のように大会議ホールの照明が静かに落とされた。直ぐに、非常灯のような淡いライトが闇を和らげた。
   そして舞台にスポットライトが照らすと、舞台脇から灰色のロングカーディガンを羽織った人物が現れた。同時に場内は拍手に包まれた。

   灰色のロングカーディガンを羽織った人物は、舞台に立つと両手を広げて拍手を止め、女性のような長い黒髪を掻き上げながら明るい声をマイクに通した。
「みなさーんはじめましてー、城崎了40歳でーす。私の事は存じていますかぁー?」

「もちろんでーす」四方から黄色い声援が揃った。

   知らない人はいない。トレードマークの長い髪と、女性に人気があるそのビジュアル系の甘いマスクは、誰が見てもあの城崎了だ。

   悠愛の表情が気になって横目でちらっと見た。悠愛は輝かせた目を真っ直ぐに固定して頬を綻ばせていた。
   何だよその顔はっ……嫉妬なのか、少しムカッとした。



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   私は城崎さんを尊敬している。だから、本物の城崎さんを目の前にして興奮してたんだ。この私の体が元に戻ったのは、あの人のお陰だから。
   視線を感じてふと輝瑠を見ると、口を尖らせている横顔があった。二年も付き合っていれば分かるけど、輝瑠のその表情は怒ってる時の顔。
   どうしたの?……と訊こうとしたけど、機嫌が悪い時の輝瑠はたちが悪いから、何も言わずに舞台へ目を戻した。

「それなら皆さんはぁ、私が何をした人間か、お分かりなんですねー?」
   城崎はまた明るい声をマイクに通した。

   私は興奮していたせいか、周りに合わせようと思って、「もちろんでーす」と大声で言った。だけど、私しか言ってなくて焦った。

   何それっ、じゃあ、さっきのは何よ?……

   少しイラッとしたけど、それよりも恥ずかしかったから輝瑠と笑い合って誤魔化そうとしたら、その輝瑠は、睨むような目付きで私の事を見ていた。

   え?……私に怒ってるの?……
   そう思った時、城崎さんの声がマイクに通った。

「そこの君、嬉しいですねー、では、答えてくっださーい」

   舞台に目を戻したら、城崎さんが私の事を指さしていて凄く焦った。どうしようもなく、声を出してしまった事に後悔しながら席を立った。
   でも、救われた身分でもあるから、恥ずかしさに声の張りは奪われていたけど、自信を持って答えた。
「人工知能を活かした医療機器の開発者です。とくに〝人工脳〟に力を注いでいる。その人工脳によって、多くの人間を再起させる事に成功した」
   と、感謝の気持ちを伝えたくなった。
「私もその内の一人なんです……貴方のお陰で、またこうして……」
   軽くお辞儀をした。

「そうでしたかぁ、君も人工脳を……」
   城崎はにこやかに言った。
「もう今の世界には、君のような人は珍しくありませんよ。この日本で人工脳を埋めた人は、既に3000万人を越えたとも聞いています……出生率が0,25%という時代に、今の日本人口がなんとか8000万人から減少しないのも、人工脳の実現化に成功したからこそなのです」
   と、また私を指さして続けた。
「では、その人工脳の実現化に欠かせなかった、私の他にいるお二方の事は存じていますか?……開発以前に、このお二方の存在がとても大きいのです」

   私は知っていた。むしろ、誰も知らない人がいないくらいに有名だから、「はい」と、自信を持って答えた。
「一人目は、〝イズミ  トシアキ 〟総理大臣……二人目は、〝ショウジ    マサシ〟博士です」

「素晴らしい。正解です。では、座って下さい」
   城崎は言いながら、ネックレスのペンダント部で発光した黄色い光を宙に浮かせ、その光を両手で広げて拡大させ、大モニターを作った。

   私は光で作られたモニターを見ながら椅子に座った。すると、モニターの下部に〝泉俊明・45歳〟と記された文字と共に、黒髪をオールバックにして口髭を生やしたワイルドな顔立ちの人物写真が写し出された。
   国民に、侍の再来と言われている人だけあって、まさに侍を思わせる面構えをした人だ。

「皆さんも御存じの、泉総理です」
   城崎は、少し引き締めた声をマイクに通した。
「この方が外務大臣の頃に、人工脳実現化の案を上げてくださったお陰で、2035年から研究が開始される事になりました。2040年に人工脳が完成されると、その実積が世界的に称されて、今の立ち位置になっているという訳です」

   大モニターをは〝東海林正志・48歳〟と記した、銀色の前髪が眉を隠し、白衣で身を包んだ色白な男性の写真に切り替わった。
   いつ見ても思う。雰囲気までもミステリアスな人だなって。

「そして、この方が東海林博士です」
   城崎は、引き締めたままの声で続けた。
「泉総理の案が通り次第に研究に没頭し、人工脳を開発するまでの数式を発見されたお方です。死んでしまった脳のサンプルを採取し、脳の回路を調べ、未知の世へと繋がる可能性を切り開いて下さいました」
   と、少し明るい声に戻した。
「そしてその研究材料を生かして、私が開発したという経緯な訳ですねぇー」

   三英雄……私はこの言葉を脳内で繰り返した。
   城崎さん、泉総理、東海林博士、この三人は国民からはそう呼ばれているのだ。

「それが、何を意味しているのか……皆さんはお分かりですか?」
   城崎はまた表情を引き締めて、僅かに口角を上げた。

   場内は、分からない、という風な沈黙に包まれた。



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   何を意味しているのか、そんな事は俺には分からなかった。人類を救った。という理由しかないと思っているからだ。
   大モニターは、今、目の前の舞台で講演をおこなっている城崎の映像に切り替わった。そして、難い表情をした城崎が一言した。

「人類の進化……その時が訪れた、という事です」

   進化?……やはり意味が分からなかった。それは悠愛も同じなのだろう。首を傾げてきた表情が、どういう意味だろう?    と言っているように見えた。

「皆さんの家庭にもある事でしょう、ヒューマノイド……彼等はとても優秀です」
   城崎は言った。
「彼等の大元には、人工知能というものがあります……インターネットを開けば直ぐに分かりますが、様々な情報が詰まっている。それ等全てがデータとして、そしてそのデータが彼等を育てているのです……言葉の意味や思いの意味、それだけではなく、様々な技術のデータ、そういった情報も人工知能は記録しているという訳で、それが彼等の心となり知識にもなっているのです」
   と、睨むような表情となり続けた。
「もはや現段階の彼等は、我々人類を越えてしまっている。それは、インプットという手間を我々人間が手放してしまった事で、人間の監視下から脱した彼等は、それぞれの人工知能と接触し、彼等なりの団結の中で様々な情報を得て、急激に成長したのです。つまり、その全ての情報を熟知しているヒューマノイド一台一台が、大学教授以上の知識を得ている事を意味しています」

   そこまで考えた事はなかったが、確かにそうだと思った。岳斗も納得しているのだろう。頷きながら真剣に話を聞いている。金色短髪の彼には似合わない表情だ。

「ですが我々人間は……」
   城崎は少し声に力を込め始めた。
「そんな人工知能を更に超えるようになったのです。つまり人間の進化の時、人間は人間の能力を、意思や希望だけで超えられる時代になった。と、そういう事なのです」

「どういう意味ですか?」
   会場のどこからか、問いかける女の声が響いた。俺も同じ疑問を感じており、その答えを待った。

   城崎は、扇状の舞台を左方向へ歩きながら口を開いた。
「人間の脳には未知の力が眠っています。皆さんもご存知でしょうが、人間の脳は生涯をもって30%の力しか発揮されていないのです」
   と、折り返して右方向へ歩きながら続けた。
「その理由はおそらく、100%の能力を出してしまうと、オーバーヒートと似た現象がおきてしまうのでは?   と考えています……これを車に例えると、法定速度の60キロに対して、限界速度が180キロと三倍の力がある。この構造と似ていると思われます」

「なんでですか?」と問う、どこかの男生徒の声が響いた。

   城崎は、また折り返して答えた。
「上り坂を60キロで走行するには、平行な道を走行する時よりも、重力の分だけ馬力が必要となります……逆に下り坂の場合、60キロ走行のまま下ってしまうと、やはり重力の分だけ加速してしまいます……こういった時、余力がなければエンジンが耐えられない……このような形で、人間の脳も30%までにとどめて余力を残していると、そのようなシステムが考えられるのです……火事場の馬鹿力という現象を知っていると思いますが、まさにその力は、余力を利用して馬力を高めた状態だと言われています」
   と、舞台の中心部で歩を止めて続けた。
「しかしどういう訳か、人間の中には、この30%以上の力を自在に発揮できる人物が、ごく稀に現れるのです」

「どんな人ですか?」女生徒の声が響いた。

   城崎は体を正面に向けて言った。
「超能力者と言われている人達の事です……おそらく、アインシュタインやダヴィンチといった、天才と称されていた方々も、この中に含まれていると思われます」

   と、突然、悠愛が立ち上がった。
「その超能力と人類の進化……そこに、なんの関連性が?……」
   悠愛は、睨むような眼光を壇上に向けている。

   どうした?……と思ったが、悠愛の脳は人工脳、城崎が言う人類の進化に関わっている事に気が付いて、居ても立っても居られなくなったのだろうと受け止めた。
   問い掛けた悠愛の眼差しは、どこか、不安を抱いているように見えた。









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