2045年、12月24日___。
近藤輝瑠は、玄関で硬いブーツに苦戦していた。いや、苛立っていた。
9時にテレポートステーション近くのクリスマスツリー下で待ち合わせを約束しているのに、既に8時50分。大事な日に遅刻が確実で、寝坊してしまった自分に苛立っているのだ。
待ち合わせた場所を間違えたかなと思った。
池袋駅なら徒歩で10分くらいで行けるけど、西新宿にある最寄りのテレポートステーションまでは、車でも30分はかかる。
まあこれも、俺の寝坊を想定していての悠愛の案だったのだが……。
テレポートステーションが二年前に完成した時は、誰もが信じられずにいた。何故なら、目的地へとワープさせてしまう装置が実用化されたからだ。
そんなテレポートステーションは、現段階で、この都内だけでも12箇所に設けられている。
テレポートするには、行き先が同じ人で10人用スペースに立ち、職員がワープ装置に行先を入力すると、目的地にあるテレポート装置まで瞬間移動してしまうというシステムだ。
仕組みは難しい。ワープスペースに電磁波を上下から高速で衝突させて、一つの空間を作り出し、そのスペース内にある全てのものの体積や細胞やら分子などを、人工知能が瞬間的に一つの数式に纏めて一つのアンサーを導き出す。
すると、それと同じアンサーの仮の空間を、行先となるワープスペースにも作り出し、髪一本のくるいもない全く同じアンサーになった瞬間に、こちらの空間を瞬時に切ると、仮だった空間が本物の空間へと化し、目的地へと瞬間移動してしまっている。というものだ。
何の事かさっぱりだ。でも、このテレポートの数式も、東海林博士が発見し、その計算式を元に、城崎さんがマシーンを開発したと聞けば納得してしまう。
一昨日の講習会を思い出しても、人工脳で活性化させた脳から、未知の力を引き出し、これまで見られなかった形が見えるようになった二人ならではの発明で、進化を遂げた人間である二人だからこそ、このテレポート装置の実用化に成功したのだろうと思っている。
ただ、今は移動手段としても使用されるようになっているが、はじめの目的はそうではなかったらしい。
何故このような装置が発明されたのか、その根本的な理由は、移動手段なんかではなく、救助用が目的だったと聞いている。
山奥や海、もしくは災害地で遭難してしまった人を救助するにも、人の手では難しい場合がある。救助ヘリは近付けても、雑木林や瓦礫、強風などで救助しにくく、二次災難の危険が生じてくる。
テレポート装置は、この困難をなくし、より安全に、より早く救助する為に作られたらしい。
救助ヘリの腹の部分に、このテレポート装置を埋め込み、遭難者に光を当てるだけで、上記のように人工知能が瞬間的に数式とアンサーを導き出して、ヘリ内に瞬間移動させて救助する。
安全で早い。これまで苦難だった救助が、この発明によって飛躍的にスムーズになったと聞いている。
その実績は、直ぐに軍事にも用いれられたらしい。この時代の戦闘機など、旅客機も含めての飛行機には、翼はない。
2014年頃のアメリカで開発された滑走路を使わなくても飛行できる技術が進歩し、その技術を取り入れた飛行機は大きく形を変えたと聞いている。
それが更に進化した今では、バランスよく浮上する為に翼を取り、円盤型へと姿を変えている。四方にエンジンと噴射口があり、これまで真っ直ぐにしか飛べなかったものが、その四方のエンジンによって、横にも後ろにも進む事ができるようになっている。
そして、その四方のエンジンが囲む真ん中にテレポート装置を設置し、軍事用なら兵士を、一般用なら乗客の乗り降りをおこなっている。
この技術のお陰で、飛行機事故の数は激減し、飛行時間のロスも改善されたらしい。
そりゃそうだ。飛行機事故は離陸時と着陸時が最も多かったと聞いている。その滑走路を使用しないのだから当然だ。
時間のロスだってそうだ。使わなくなった滑走路を待機施設に改造して、飛行時間が近くなったら乗車地点に立っていれば、それぞれの目的場所へと行く飛行機が上空に留まり、浮上したままテレポート装置で乗客の乗り降りをし、完了次第に次の目的地へと飛行を開始する。スムーズすぎるくらいだ。
ちなみに、燃料は電気のみだ。ウランからなる原子力発電〝核〟の爆発的な力が燃料で、燃料切れの心配はまずする必要はないらしい。
メンテナンスも、毎晩のようにヒューマノイドがおこなっている。サイバー空間で保管されているデータから、人工知能が読み込み、それを元にしたヒューマノイドが的確な作業をしている為、昔のようなヒューマントラブルの心配はゼロに等しいと聞いている。
そのような技術が実用化されている。だからこそ悠愛は、テレポートステーションでの待ち合わせを強制してきた。俺が寝坊した事を想定しても、直ぐに目的の場所へと行けるからという理由だ。
比較的に料金は高い。飛行機の5倍もかかってしまう。だけど、クリスマスはプレゼントという物よりも、クリスマスという特別な日の時間をプレゼントする。というような考えがある俺には、まあ、そのテレポート代金の事はどうでもよく思えていた。
それにしてもこの遅刻はヤバい。だって今日は、プロポーズを控えた大一番の日なのだから。
悠愛好みの髪型には気合いを入れたが、服装は抑えめにした。右腰部にポシェットのようなポケットがついたダメージデニムを穿き、ロザリオデザインの白いロンティーというラフな格好だ。
今日のプロポーズをできるだけ察知されないようにと考えている理由もあるが、スーツなんか着たら目立ってしまう。だって今日は、これからディズニーリゾートに行くからだ。
クリスマスで混み合っている事は承知の上だ。悠愛が行きたいって言うから、その我が儘に答えた。
だから、俺の中だけで予定を組んでいる。一日中ディズニーリゾートで遊んで、夜のパレードのイルミネーションがムードを作ってくれた時に、プロポーズをしようと決めているのだ。
玄関で硬いブーツに苦戦している俺に、ポニーテールの髪型が似合っている中学生の妹、カノンが、悪戯に笑いながらからかってきた。
「兄ちゃん兄ちゃん、やばいよ、遅刻だよ? プロポーズの日なのに、怒らせちゃうよー」
「るせえな花音っ、黙ってろっ」
焦っている俺に、花音はからかい続けた。
「あーぁ、悠愛ちゃんがお姉ちゃんだったらなぁー……ていう私の夢が、遠くなっちゃうよー」
「おめえ、この野郎っ」
俺は花音のポニーテールの髪を掴み上げた。しかし花音は、きゃっきゃと笑った。
「輝瑠さーん、時間ないですからーっ」
ヒューマノイドまでもからかいに来た。
「あんなに可愛い悠愛ちゃんを、これほどに雑に扱いなんて」
と、泣くふりをした。
「かわいそうに、悠愛ちゃん……」
「だから今、急いでんだろっ」
と、ブーツを履き終えたその時、
玄関脇にある収納スペースのように窪んだ狭い空間が、緑色に光った。
目を向けると、何もなかった空間に、一通の白い封筒が落ちてきた。
この空間もテレポートシステムだ。テレポートステーションの装置と共に開発されたこの装置は、一家に一台の設置が義務付けられている。
しかしこの装置では、ステーションみたく人間のテレポートはできない。 もしこの装置をステーション並みにしてしまうと、強力な電磁波の影響から、家庭内にある全ての電化機器が強制停止されてしまうらしい。最悪は故障してしまうとか。
その為、この窪んだ空間の装置は、物資専用のものとされている。
2015年頃から実行されたマイナンバー制度、これが更に進化し、郵便局、または、宅配会社が依頼された物資に、送り相手のマイナンバーが内蔵されたICチップを貼り、それを社内にあるテレポート装置に置けば、データを読み込んだ装置が依頼先に送るというものだ。
意味が分からない。でも、やはりこの開発も、脳の未知の力を切り開いている東海林博士と城崎さんが絡んでいると考えれば、納得できる。
俺は、窪んだ空間に落ちてきた白い封筒を手に取った。どうやら重要なものらしく、〝特別命令〟と赤文字の印が押されている。
「手紙なんて、珍しいねっ」
花音が素早く俺から手紙を奪うと、少しきつめな口調で言った。
「つか兄ちゃん、早く行きなよっ___お母さんに渡しとくからさ」
「ああ、悪いな」
微笑みを返すと、花音の耳に星形のピアスが揺れている事に気が付いた。
嬉しくなった。そのピアスは、俺と悠愛から贈ったクリスマスプレゼントだからだ。既に身に付けてくれている様子からして、気に入ってくれたのだと思えた。
頬が綻んだ。可愛いやつめ。
その思いを悪戯な笑みに変えて、
「じゃあ、行ってくるぜ!」
と、花音の髪をわざとくしゃくしゃとして、逃げるように玄関を後にした。
快晴だ。太陽の光が眩しすぎるくらいだ。ガーデニングで飾られた庭を駆けながら、
玄関で「むかつくっ」と叫んでいる花音の声を背後に、エアホースランというスクーターのような乗り物に跨がった。
エアホースランに乗るのは久しぶりだ。唯一手動式の乗り物だから、ルールを忘れていないか頭の中で整理した。
確か、法定速度は30キロ。追い越しは禁止されていて、横断者がいる場合は停止しなければならない。
3秒以上、両手、もしくはどちらかの手が離れていると認識された場合、強制的にスイッチが切れ、そうなると同時にロックがかかり、5分間は再始動が不能となる。
その場合はすみやかに路肩にどけて、ロックが解除になるまで待たなくてはならないと、神経質な乗り物だ。
だから俺はエアホースランが嫌いだ。だけど遅刻が確実な状況で、仕方なく乗ろうと決めたのだ。
走行中は電話もメールもできないから、今のうちに連絡しておこうと思った。おそらく怒られるだろう。だけど悪いのは俺だし、こんな大事な日には喧嘩したくない。
何を言われてもとにかく謝ろうと心に決めて、シルバーネックレスに言った。
「悠愛に電話……」
すると、通信機器のブレスが赤色に点滅し、
《接続できません》
と、返答された。
はあ?……こんな事は初めてだった。だからもう一度言ってみた。
しかし変わりなく、通信が遮断された。
電話が無理ならメールをと思い、
「悠愛にメール……30分くらい遅れる。ごめん」
と、言った。
だが、やはり接続を拒否されてしまった。
どうなってんだ?……
違和感を抱いたが、通信されないからといって留まっている訳にはいかず、不安を抱きながもエアホースランを走らせた。
3、未知の力②へ~