言葉の使い方について考えたのは2年前のこと。

そういえば小さい頃からよく大人が言っていた気もするけど、実感したのは最近のことだ。

 

いつの間にか人目を気にするようになっていた僕は、他人の言動を観察するのが趣味になっていた。と同時に自分が持っていた大人像なんて虚像でしかないんだなと気づいた。

 

気にすることが増えた途端、小さな棘が指に刺さるような出来事が増えた。良いことか悪いことかよく分からないけど、まあ長所も短所も表裏一体だし。

言葉の使い方って難しい、記号的に意味を載せるものではない、かといってそんな簡単に自分の言いたいことが伝わるわけではない。

 

最近自分をカテゴライズすることが流行っている気がする。MBTI診断やってみてと言われることが増えた。診断自体、ある程度正しい傾向はあるし、わかりやすいことは便利だ。

でもほんとにそれでいいの?ってとこまで信用している人がいて少し危機感を覚える。壮観はあっても因果はないよ。明確な分類はきっとできない。人間の数だけ人生はあるってさ。

 

想像力に欠ける態度をみると少し虚しい。

人間だから得意不得意はある。苦手な人がいるのはもちろんのことである。陰口がその人のストレスを救うジャンクフードのようなものなら少しくらいは許容量、人間は愛嬌

でも本当にその人が自分の予想した通りの人間なんだろうか?苦手なんですよねwみたいなことを言われても僕自身は困ってしまう。だってあなたそれどんくらいの付き合いで語ってるの?こ〜いう人苦手って言ってネガティブに考えるなら、捉え方を変えてみることだってできる。気を遣っちゃうんだよねってそりゃ使わない人はいないでしょ、人を選ぶ側にいるような語り口をしてしまうことに気を付けなければならない。多分そーいうあなたも似たようなこと感じられているし、それでも優しく振る舞ってくれる人の優しさに救われてきたはずだから。