毎日が神のドラマ
旧四郎
来る日も来る日も、いったい毎日とは何なのか。
毎日、毎日が神(究極的意識)の自作自演ドラマである。
自分、他者に起きた事も自分、他者が行なった事も、全ては神のシナリオによる自作自演ドラマである。
きのうも神のドラマが行われた。
きょうも神のドラマが行われている。
あしたも神のドラマが行われる。
そのように考えることによって、世の中の意味、人生の意味を、はじめて素晴らしいと理解することが出来る。
悪も不幸も、神のドラマ上のことなのだと理解することができる。
☆幸福とは現象と価値観が一致することなので、全現象に対して「○○だ、○○でない、どちらもみんな良い」と言うと、全現象に対しての価値観が半肯定半否定から全肯定無否定になり、その結果、感情が半幸福半不幸から全幸福無不幸になる(みんな、良い、幸せ)。
☆全現象を理解できる神のドラマ理論
①全現象は、神の創作によるドラマである(ドラマ論)。
②全現象は、神の自作自演ドラマである(自作自演論)。
③全現象は、「究極的意識としての神」が「現象(自然、人間)としての神」となって自ら演じているドラマである(現象化論)。
ゆえに全ては神であり、存在しているのは神のみである(全神論)。
④全現象は、「自然としての神」という舞台で、「人間としての神」が幸福追求の演技をしているドラマである(演技論)。
⑤全現象は神の創作によるドラマなので、神のシナリオによって、全て決まっている(決定論)。
⑥全現象は神の創作によるドラマなので、全てがそのドラマに役立っていて全てに役割がある。
ゆえに、その全てに意味があり、その全てに価値があり、その全てが良い(全肯定論)。
⑦全現象は神のドラマに役立っていて全て良いので、出演している「人間としての神」は全て幸せである(全幸福論)。