1. はじめに
島悦子の「おんなの望郷歌」は、演歌の伝統に則った構成とテーマをもちながら、現代に生きる女性の孤独や後悔、そして望郷の念を深く描いた作品である。この曲は、一度故郷を離れた女性が長い年月を経て都会での苦しい生活を振り返り、再び故郷へ帰りたいという強い願望を歌い上げている。恋愛、酒、孤独、望郷といったテーマが歌詞全体にわたって描かれており、演歌特有の哀愁を帯びた情感をともなっている。
本記事では、歌詞を詳細に分析し、そのテーマ、構成、表現技法、そしてメッセージ性について議論する。また、この楽曲が演歌における女性像をどのように描き、同時に現代の社会的背景における女性の心情を反映しているかを考察する。
2. テーマ
「おんなの望郷歌」の中心的なテーマは、望郷の念である。これは、都会に住む女性が抱える孤独や苦悩を背景にして、故郷への憧れと未練を描き出している。このテーマは、演歌の中でもよく取り上げられる題材であるが、特に女性の視点から描かれている点が本曲の独自性を高めている。女性が都会で生きながら感じる心の痛みや、時間の経過とともに積み重なる傷が表現され、帰る場所である故郷が唯一の癒しとなっている様子がうかがえる。
このように、望郷と未練が複合的に絡み合ったテーマは、女性が抱える精神的な葛藤を象徴している。都会での生活が楽ではなく、年月とともに深まる痛みを抱えながらも、帰りたいという思いが募っていく。しかし、故郷に帰ることが現実的に可能かどうかは別問題であり、その不確実さがさらに主人公の心情に深い悲哀をもたらしている。
3. 構成
楽曲は三つの節に分かれており、各節において共通の構造を持ちながらも異なるニュアンスで心情が表現されている。特に注目すべきは、「五年、十年」といった時間の経過が各節の終盤で繰り返される点である。これは、年月が経つにつれて増えていく心の傷や思いを象徴しており、主人公の過去への執着と未来への不安を織り交ぜた詩的な表現だと言える。
第一節:
「帰ってみたいな ふる里へ」から始まるこの節では、ふるさとへの憧れと共に、都会での生活で得た経験や傷が語られる。恋や酒といった都会的な要素が「女の未練」として述べられており、ここでは過去の記憶や経験が女性にとっての未練となり、ふるさとへの帰還を阻む要因にもなっている。年の数だけ増えた傷という表現は、都会で過ごした年月が必ずしも幸せなものではなかったことを示している。
第二節:
「故郷に帰れば よそ者で」の一節は、都会と故郷の狭間で揺れる女性の心情を象徴的に表現している。都会に残れば孤独、故郷に帰ればよそ者という、どちらにも居場所がないという感覚がここで強く打ち出されている。月夜の晩に流れる星に目が潤むという描写は、遠い過去の記憶に心を寄せつつも、現実的には帰ることができないという葛藤を映し出している。
第三節:
「酔った女の 口ぐせは」と始まるこの節では、主人公が過去を懐かしむ様子が描かれている。特に「昔はよかった」という言葉に込められた懐古的な心情は、多くの人が共感できる要素であり、過去への執着が現在の孤独感を増幅させている。母が世話した草木の匂いや庭に揺れる風景が、故郷の記憶を象徴しており、帰りたいという強い感情がここで頂点に達している。
4. 表現技法
歌詞の中で最も印象的なのは、時間の経過を象徴する「五年、十年」というフレーズの繰り返しである。これは、主人公が都会で過ごした年月の中で、どれだけの心の傷を受けたか、またどれだけの孤独と向き合ってきたかを示している。この表現は、都会生活における苦悩がただ一時的なものではなく、長い年月をかけて積み重なってきたものであることを強調している。
また、「流れる星に目がうるむ」という表現は、孤独感や悲しみが静かに心の中で募っていく様子を美しく描いている。星という遠くにあるものを見つめる行為が、彼女の届かないものへの憧れや、過去の記憶に対する執着を象徴している。このように、自然現象や情景を使った描写が、主人公の感情を強調し、歌詞に深い情感を与えている。
さらに、「母が世話した草木の匂い」という具体的なイメージは、故郷の記憶を非常に鮮明に描き出しており、彼女の望郷の念が単なる懐古的な感情ではなく、具体的な思い出に根ざしていることを示している。これにより、聴き手は彼女の心情に強く共感しやすくなる。
5. メッセージ性
この楽曲が伝えるメッセージは、単なる望郷の念にとどまらず、現代社会における女性の孤独や社会的な疎外感をも表現している。主人公は、都会に住むことで新しい経験や喜びを得る一方で、その代償として孤独と心の傷を深く抱えるようになってしまった。特に、「故郷に帰れば よそ者で 都会に残れば ひとりぽっちね」という歌詞は、現代においても多くの人が抱える「居場所のなさ」を強く示唆している。
また、女性が酒に溺れる姿や、「昔はよかった」という口ぐせを繰り返す様子は、現実の厳しさに対する逃避の一形態として描かれている。過去を懐かしむことで現実から目を背けたいという願望が、ここに表れている。しかし、それでも彼女は「帰ろう」と繰り返し唱える。これは、たとえそれが過去の栄光や幻想であったとしても、故郷という場所が彼女にとって心の安息地であり続けていることを示している。
さらに、楽曲は女性の「未練」という感情を中心に描いているが、単なる後悔や執着に終わらず、その未練こそが彼女を支え、生きる意味を与えているようにも感じられる。望郷の念が彼女の心の痛みを強くする一方で、その記憶があるからこそ彼女は都会での厳しい現実に耐えられるのである。このように、楽曲は過去と現在、故郷と都会の間で揺れ動く女性の葛藤を描きつつも、その強さやたくましさをも伝えている。
6. 結論
島悦子の「おんなの望郷歌」は、女性が都会で感じる孤独や苦悩を描くと同時に、故郷への強い思いを歌い上げた作品である。この楽曲は、時間の経過とともに深まる傷や未練を描き、望郷の念が女性の心にどれほど大きな影響を与えるかを強く訴えている。また、具体的なイメージや自然現象を使った表現が、楽曲に深い情感を与え、聴き手の共感を引き出す要因となっている。
現代社会においても、多くの人々が抱える「居場所のなさ」や「孤独感」を象徴しているこの楽曲は、単なる懐古的な望郷の歌ではなく、現代的な問題をも反映した普遍的なメッセージを持つ作品である。そして、そのメッセージは、演歌というジャンルを超えて、多くの人々の心に響くものである。