SATOSHISM

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大野智をマニアックに追うブログです。

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そろそろネタバレも全開で
いいころではないかしら。

ということで


ぶっちゃけ忍びの国。


槍を足場にジャンプする無門、
原作ではもう少し人間に近かったか(笑)

槍の次に壁、
そして砦を超える原作。

塀をはるかに超え上空から
戦闘機のようにランディングする映画の無門。

このときすでに観客は
無門は常人ではないんだよ、という
監督の術にかけられている。



「けむ」

初出の無門が智くんとダブる。

    VSでも
    すごいことをやってのけたあと
  「疲れた〜」って言って
     南海キャンディーズ山ちゃんに「職人!」
     って言われてたね。


人を斬る。

戦場に放り込まれる。
殺さなかったら殺される。

そういう世界に身を置くことは、

    ベトナム戦争の帰還兵の多くが
    重い心的外傷を負い
    カウンセリングを受けていた

という事実から考えても

異常に精神が高揚したまんまの状態のはず。


そんな中、
人を愛し守りたいと思う。
それはイコール
ギリギリ人間であり続けたいと思う
心情だと思う。


お国が伊賀に来た経緯は
映画では
わかるようなわからないような。

おかげで
夫候補を叱咤してあやつりつつも
夫との結婚生活を楽しみにしている
賢く可愛い女性のイメージが
出来上がった。


「わかるような」と書いたけど
   ほんとはわからない。

   武家の姫が小汚い忍びの妻になろうと
   思うにはよほどの決意がいるかと。
  
    お国は25くらいの設定だそうな。
    当時の姫が未婚でいる年齢ではない。
    出戻った?くらいの年齢だ。

     政略結婚はしたが
     またまた政略的に離縁された出戻りの姫が
     また政略結婚で
     いやなところに嫁ぐことに。
     (信長の妹、お市のような)

    そういうことなら
    すべて捨てて未知の伊賀に
    希望を託すのもわかる。


姫だったときは凛のように
身の回りの世話をする侍女が
いたかもしれない。
今、その役目をするのは無門?(笑)
原作でも
綺麗な着物で座ってるだけ、だったもん。


何怒ってんだよ

わかってたまるか

わかったわかった

わかったよ。もう怒るな。


わかったら自分の世界が崩壊することは
無門も予感してたんだろう。

わしは今無性に腹が立ってんだよ!


知ってしまった。
自分が身を置く世界の異常さを。
その世界を操る者が
金と権力への欲にまみれた者どもであることを。


しかし
知ったことへの動揺が
虎狼の中に置き去りにしていた
羊、お国への配慮を欠いた。



和田竜脚本では
無門は信長に伊賀への復讐をさせようと
働きかける。まさに平兵衛のように。

映画ではそのシーンがない。


復讐の連鎖を止める。
その代わりに
次世代を担う者へお国への
愛をつなぐ。


和田竜脚本から削ったシーンから
監督の狙いがみえた。



映画・忍びの国、
ずっと語り継ぎたい秀作だ。

無邪気に人を斬る無門から
命と愛をつなぐ者へ。

あの絶叫が
人としての誕生の産声だと書いているのを
どこかで見たけど。たしかに。

そして
人でなしの自分を殺したいほど憎む
絶叫でもあったと思った。