なにか悔しい | ユリのふるさと創り

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アナスタシア シベリア杉シリーズを読んだことある人いますか?
一緒に、祖国(ふるさと)創りに向けて歩き出しませんか?
そのための1歩がこのブログです。

 

 

 

泣けました…。

 

 

そして泣いてスッキリしたら、なんで女性やお母さんが泣かないといけないの!?

 

 

とエネルギーがふつふつと湧いてきて。

 

 

 

 

 

子供2人連れてのお散歩とかお買い物って、なかなか気力使いますよ!

 

 

私だって、ときどきイライラします。

 

 

 

大好きなお母さんがイライラしてたら、子供は委縮しちゃうだろうし、悲しいだろうし、自分を責めるかもしれません。

 

 

 

そういえば私も小さい頃(2~3歳)母からは怒られた記憶が残ってます…。

 

 

しっかりしたいのに、母の望むとおりにできない悲しさだったり。

 

 

私はたまにしか母と一緒にいなかったので、嫌われないように好かれるように小さいながらに頑張っていました。

 

 

でもいつも怒っていたから。

 

 

そのうち、母と話さなくなるんです。

 

 

だまっていた方が怒られなかったし、おとなしくしている方が母も落ち着いていたので。

 

 

きっと当時は余裕がなかったんでしょうね…。

 

 

 

母も私も、全国の辛い思いを経験した事のあるお母さんや泣いたことのある子供は、みんな社会の被害者ですよ。

 

 

 

もう十分です。

 

 

 

もう十分味わいました。

 

 

 

もういいです。

 

 

 

 

母親が辛い思いをしない生き方、社会、

 

子供が泣かなくていい社会、

 

 

そういうのを真剣に考える時なんだと思います。

 

 

 

 

お母さんが穏やかで笑っている姿をイメージすると、

 

 

背景は青空で、自然の中にいて、下は芝生(緑)で、お母さんはゆったりとしていて、優雅にゆっくりお散歩している風景が浮かびます。

 

 

小さい子が近づいてきたので、しゃがんだときに、芝生にスカートの裾がついても気にしなくて。

 

 

子供は自分の関心のあるところ、緑のじゅうたんの上を歩きながら自由に好きな場所に行けて。

 

 

視野が広いので、お母さんはその場で座っていても、子供の姿を把握できて。

 

 

 

周りは自然ばかりで、人工的な危険なものは一切ない場所。

 

 

草と、花と、虫と、風と、のびのび遊ぶ子供。

 

 

 

 

きっとお母さんは、今日の夕食何にしようかな、なんて考えません。

 

 

 

ただ、景色と、風と、陽の光と、緑の香りを感じています。

 

 

 

のんびり過ごしています。

 

 

 

視界の端の方で、庭の手入れをしている父親の姿も見えます。

 

 

 

大きく手を振っているので、こちらも振り返します。

 

 

 

心地いい気候に、心地いい時間。

 

 

 

最高ですね照れ

 

 

 

 

1haの敷地を整えていくのが家族の役割なので、夫もほとんど敷地内にいます。

 

 

 

仕事のために時間に追われることなく、朝早起きしたり夜遅くまで起きていたり、外での労働で疲れて帰ってきていた生活ももう終わりです。

 

 

自分の体をいたわりながら、のんびりと、自分の土地を整備していきます。

 

 

 

家庭菜園で自給自足出来ているので、食糧を買いに行く必要もありません。

 

 

家は木造で、必要な物は全てDIYでつくります。

 

 

敷地内の木を使うので、ホームセンターに買い物にも行きません。

 

 

そんなふうに生きる人の地域では、ゴミ問題は自然と消滅していきました。

 

 

車に乗って移動も滅多にしないので、ガソリンの高騰も他人事です。

 

 

 

コロナでマスクの必要もありません。

 

 

予防接種もワクチンも、この広い敷地に住む一家には不要の産物です。

 

 

 

敷地内に子供の遊び場があり、自由な生活を過ごせる夫婦に、ストレスはありません。

 

 

ストレスフリーで健康にもなります。

 

 

子供を強くしかることもほとんどなくなっていました。

 

 

親に、心の余裕が生まれたからです。

 

 

 

その敷地を持つ家庭の子供たちは、みんな安心して暮らせます。

 

 

 

これこそが、幸せです。

 

 

 

 

児童虐待なんて、過去の話。

 

 

交通事故なんて、どこにも起きない。

 

 

広い敷地を散歩するだけで健康な筋力を維持できるので、おじいちゃんおばあちゃんもピンピン。

 

 

 

孫もいつでも側にいるので、ほほえみながら見守れます。

 

 

敷地内の木を守り、一部森を作る事で、地下水や雨水、湧き水に恵まれたので、水道事業は衰退していきました。

 

 

 

水を汚すものを流すことは、自分の土地を汚染させるという事なので、汚れる物は流さないようになりました。

 

 

そうしたら、地域の水もキレイになっていきました。

 

 

 

敷地内に森をつくり、それを維持して守っている、そんな家族が周りにたくさんいるので、手入れの行き届いた森には動物たちが帰ってきます。

 

 

動物保護、自然破壊、環境汚染、そんなものは一昔前のお話です。

 

 

 

それぞれの家庭が自分の土地の管理をしているので、高速道路も、大通りも不要の産物になっていきます。

 

 

工場も、商店も、空港も、どんどん閉鎖されていきました。

 

 

だって、生きるために外で働く必要が無くなったから。

 

 

1haもある広い自分の土地を守ることが、生きることに直結しているから。

 

 

 

私たちは、幸せです。

 

 

 

 

・・・・それとも。

 

 

 

 

 

よりよいとされる生活のイメージは、

 

 

外食が好きなだけできて、家では作らなくていい生活ですか。

 

買い物に行かなくてもいい、宅配が便利になる事ですか。

 

掃除が楽になるように、洗濯が楽になるように、買いだめしても腐らないで置いておけるように、よりよい掃除機や洗濯機、冷蔵庫を求める生活ですか。

 

近所の家と隣接していて、周りにも気を配る生活ですか。

 

 

 

外食だと、家事は楽になるけど、その分そこで働く人は自分と家族の時間を犠牲にしているお母さんかもしれません。

 

朝から夜まで仕事をしている外食店の働き者のオーナーは、誰かのお父さんかもしれません。

 

よりよい電化製品をつくるために、工場があるかもしれません。

 

その工場では、機械に人が時間を合わせて、休み時間も決められている自由とは呼べないような環境かもしれません。

 

そこで排出される空気や水は、大地や人の細胞を汚染させているかもしれません。

 

その汚染された大地を通過する水は、汚染されているのかも。

 

人が口にする水質を保つために、水道事業が必要になってしまいます。

 

薬品で細菌を殺した水を、安心と言って飲んでいる人達。

 

集団生活を視野に入れないといけない、敷地の狭い社会構造。

 

お父さんは外に働きに行ってるから、お母さんが子どもの世話をしないと。

 

 

社会の歯車を動かし続けるために、歩いてはいけない距離まで足を運ぶ必要がある社会。

 

車や飛行機は、便利な乗り物?

 

乗り物を作るために、また工場が生まれて。

 

動かすための電気やガソリンの事業も増えて。

 

なにかを動かすために、別の仕事が生まれて。

 

 

そのたびに、お父さんやお母さんが社会に働きに出て。

 

一人ぼっちの子供が生まれて。

 

そうした子供たちをまとめて預かる場所が生まれて。

 

そこで働く人がまた増えて・・・・・・・・

 

 

 

繰り返し。

 

 

 

どちらが、あなたの生きたい未来ですか?

 

 

自然の中で暮らすイメージと、社会構造の一部として暮らすイメージと、好きな方はどっちですか?

 

 

 

私は最初のイメージの方が好きなので、そっちの世界に行けるように考えたいです。

 

 

 

 

そういう、同じイメージがいいねって共感して、実現を手伝ってくれる政治家に投票したいです。

 

 

 

 

1人でも泣くお母さんが減りますように。

 

愛するお母さんが泣く姿を見て育つ子供がいなくなりますように。